イオリ、世界を渡る
一行は、東の港町に向かった。
途中、街によって補給を行なった。
そこから先の関所は検問が厳しくなっており、強行突破するしかなかった。
追っ手も増えたが、魔王の相手になるはずもなく屠られた。
イオリは記憶を取り戻したが、男性だった記憶はイオリを困惑させた。
今の自分は女性だからだ。
いまだに偽の記憶が本物だと信じ込んでいた。
イオリは、裏切った勇者に拉致され奴隷にされているのだと思い込んでいた。
しかし、奴隷として扱われることもなく、奉仕や同衾を求められることもなかった。大切に扱われることに疑問を抱いた。
イオリは、大切な存在だったイリスを殺したマコトを恐れた。
真実の記憶はマコトの幻術だと思い込んでいた。
……
イオリの偽の記憶は、現実味が薄れ始めた。
イオリは心の変化を恐れ、心の中で、偽の記憶の復唱を続けた。
……
イオリは、女性神官が偽の記憶の刷り込みを行なった日のことを思い出した。
だが、イオリは心の変化を恐れた。
しかし、偽の記憶の復唱を続けることはできなかった。
イリスのことも全くの他人のように思えてきたからだ。
マコトのことをとても大切な人だと思えるようになっていた。
しかし抗うように、バキュラへの祈りを捧げるようになり、イリスの名を声に出し、復唱するようになった。
そんなイオリを見ていたパイモンは、心配し、イオリをできるだけ眠らせておくようにしてあげた。
プルストが走らせる馬車の中。
ベレトが言う。
「イオリの記憶がようやく安定し始めてきたようだ。
今は最後の足掻きをしてる感じだな。
眠らせておいて正解だと思う。
もう少しの辛抱だ、マコト」
「ありがとう、ほんとうに感謝してる」
パイモンが言う。
「早く元のイオリちゃんに会ってみたいな。楽しみだよ」
……
街の宿屋。
マコトとイオリの部屋。
イオリはベッドの上で目を覚ます。
「イオリ、大丈夫?」
イオリは、声を掛ける男性に戸惑う。
一瞬、誰かわからなかったからだ。
しかしよく知る面影があったので思い出すことができた。
「マコト? 俺……!?」
イオリは、あまりにも女性的な声を発する自分に戸惑った。
そしてようやく異世界に拉致されてからのことを思い出した。
「そうか……私、女になってたんだね」
「イオリ、ごめんね、守ってあげられなくて」
「なに、いってるの? マコトは私をずっと守ってくれたじゃん」
「イオリが洗脳されてたことに気付けなかった。
引き離された時に気づくべきだった。
ほんとうにごめん。
苦労かけたね?」
「助けてくれたじゃん、ありがと。
大好きだよマコト」
「僕も愛してる、イオリ」
久しぶりに、二人は深く結ばれた。
……
マコトが走らせる馬車の中。
パイモンが言う。
「くそー、イオリちゃん可愛いな。
マコトはリア充すぎるとおもうよ。
爆散すれば良いのに」
イオリはマコトに髪を切ってもらった。
肩にギリギリ届くくらいのショートカットになっていた。
イオリが頬を染めながら言う。
「私、元男だよ?
チヤホヤされると恥ずいんだけど……」
「いあ、もう可憐な女子だよ。
彼氏持ちじゃなかったら放っておけない。
ボクも『契約の乙女』欲しかったな……」
ベレトが言う。
「ははは、やめておけ、早速殺されてたぞ」
プルソンが言う。
「新天地で、見つかるさ。
出会いはいつでも身近なところにあるものさ。
羨ましいのは確かだけどね、あはは」
マコトが言う。
「みんな、海が見えてきたよ」
みんなが乗り出して海を眺める。
パイモンが言う。
「あの先に新天地があるのか。
もうちょいだね。
良い社会が成り立ってるといいけどね」
ベレトが言う。
「小さい島国なのだろ?
最悪、制圧して4大魔王として君臨するのもいいかのもな」
プルソンが言う。
「ベレトは相変わらずだね。
大丈夫だよ、近代的な自由な国のはずだからさ。
希望を持って海を渡ろう」
……
一行は、目的地である港町に到着した。
プルソンの言う通り、島国から、交易船が来ることがわかった。
国の名前はエデンというらしい。
交易船が来るまで街に滞在し、プルソンが渡航の手配を行なってくれた。
街には新たな魔王の情報が流れていた。
魔王の名はサマエル、その妻の名はリリスと呼ばれていた。
パイモンが言う。
「サマエルとリリスか。
新魔王の誕生だね。
おめでとう」
イオリが言う。
「おめでたくないよ。
なんで私まで指名手配されてるの?」
「『契約の乙女』だと思われているのだろうね」
マコトが言う。
「サマエルか、悪くないね。
リリスも、可愛い感じで似合ってる。
これからはそう名乗ろう。
よろしくリリス」
「私はいやだよ、サマエル」
パイモンが言う。
「リリスちゃん可愛いね、リリスちゃん」
……
交易船が入港し、一行は乗船する。
最悪の場合を考慮し、小型ボートがある場所までの脱出経路を確認しておく。
ベレトは、搭乗員を念入りに調査し、問題ないとの判断を下す。
程なく、積荷の交換が終わり、出港した。
1ヶ月月ほどの航海だった。
途中、嵐にあったが、難なく島国の近くまできた。
哨戒艇が接近し、船に横付けすると、兵士らが数名、高官らしき人が1名乗り込んできた。
魔王達は警戒する。
高官らしき人がプルソンに挨拶する。
「もしやあなたは、プルソン殿ですか?
私は魔王マルバスの子孫、ウァサゴ。あなたの同士です」
プルソンが思い出したように言う。
「マルバスか……。
死んだと思っていたけどエデンに渡ったのか、それはよかった。
たしかに君には彼の面影があるね」
ウァサゴが言う。
「大陸の魔王が集結した情報はつかんでいます。
みなさんが他の魔王ですね?」
パイモンが答える。
「うん。ボクがパイモン。
そっちがベレト。
それで、そこの二人がサマエルとリリス」
「そうですか、大歓迎します。
ここからは私も同行します」
ウァサゴがそう言うと、兵士が哨戒艇に合図して、哨戒艇が離脱した。
そして、船が出発した。
ウァサゴの話では、エデンは、孤高の近代魔術文明を築いたらしい。
大陸とはおもに鉱物資源の貿易をしているのみで、互いに不可侵条約を結んでいるそうだ。
ウァサゴが言う。
「マルバスは異世界に帰還するための魔術の研究を行なっていました。
彼の生前の研究成果は国家が引継ぎ、近年、ようやく異世界との接続を確立したのです。
まだ、送り込むだけの一方向の技術ですが……」
イオリが言う。
「じゃ、帰還できるのですか!?」
「はい、勇者召喚という悪魔の儀式は元の世界とのリンクを維持していますので、無数にある異世界の中から、転移元の位置を割り出すことができるのです。
彼らには帰還させる魔術は存在しないようですが、我々の技術ならば、みなさんは帰還できるのです。
先祖の夢がついに叶う時が来ました。
私が責任を持ってみなさんを帰還させましょう」
パイモンが言う。
「サマエルとリリスはともかく、ボク達はもう長い時間を過ごしすぎたから、
帰還しても家族はいないだろうし、まるで別世界になってるはすだよね?
マルバスのように、滞在させてもらうことはできるのかな?」
「もちろんです。我が国としても、魔王の後ろ立てがあれば心強いですから」
ベレトがいう。
「それはありがたい。もっとはやくエデンのことを知りたかったよ」
プルソンが言う。
「ぼくらで役に立つ頃があれば協力するよ」
パイモンが言う。
「よかったね、帰れるってさ」
マコトが嬉しそうに言う。
「帰還できのるか……よかった。
イオリ、帰れるんだってさ」
イオリが感慨深げに言う。
「うん、よかった……」
……
一行は、入港すると、研究都市に案内され、観光を楽しんだ。
エデンの首脳陣とも会い、歓迎された。
マコトとイオリには、エデンからの書簡をたくさん託された。
今後、技術が進んだ時に友好関係を気付きたいからだ。
マコトとイオリは、元の世界の服装に近い衣類を提供してもらい、それに着替えて、転移装置のある研究所に案内された。
パイモン、ベレト、プルソンも見送りに同行した。
マコトが言う。
「みんなありがとう、みんなと出会えたおかげて帰還できる
どこにいても、みんなの幸せを祈ってるよ」
パイモンが言う。
「なにいってるの?
サマエルのおかげで解放されたんだ。
お礼しても仕切れないよ。
リリスちゃんを大事にしなよ。
二人で幸せになりなよ
ベレトが言う。
「パイモンに言いたいことを言われてしまった。
本当にありがとう、二人の幸せを祈ってるよ」
プルソンがいう。
「感謝してもしきれないよ。
ともに幸せを祈ろうね」
イオリが泣きながら言う。
「みんな……ありがとね……ほんとうに……ありがと」
マコトとイオリは一人一人とハグしあった。
そして、ウァサゴに渡された、たくさんの荷物を持って転移装置の中に入る。
施設内に放送が流れる。
<イニシエート・トランスファー・シークゥエンス>
二人は、眩い光に包まれて、世界を転移した。
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