第12話 過去編

「そうだよ。なんであの子、この時間にランドセルなんて背負ってるんだ?」

「決め顔で言ってもらったところ悪いんだが、帰りに友達の家に寄って見たとか、色々とあるんだろうけどな」

「え、あれ!?」

「顔を赤らめるな、気持ちわりぃ」


 お前の赤面顔なんてどこにも―――少なくとも俺には―――需要はねえんだよ。

 そういうのはビショウジョになってから出直してこい。多少は見栄えもよくなるだろう。

 皮肉なことに、見てくれだけは華があるからな、ビショウジョ。


「本命は周りだよ」

「周り?」

「正面からすれ違う人、みんなあの子を避けてるんだよ」


 一応、心配していそうな人はいるし、声をかけようとしていた人もいたのだけれど、何かに怯えたようなそぶりを見せて、すぐにあの子から離れていった。

 制服を着た中高生に至っては、周りのお友達との会話に夢中で気づく気配すらない。


「え、それはおかしいだろ。誰か一人くらい………」

「まあ、大方予想はつくけどな。お前はここで立っててくれ」

「あ、おい!」


 神殿の静止を無視して、俺は女の子へ背後から近づいていく。女の子の両手は胸の前あたりで固定されていて、動かす様子もない。

 まあ、やっぱりなって感じ。

 それでも、後ろには神殿もいるし、なんとかなるだろう。俺は女の子の正面に回り込んで、顔の高さを合わせるためにしゃがみこんだ。


「っ…………」


 びくりと肩を震わせる女の子。

 ……………あまり怖がらせるのも本意ではないし。目線が同じだと、子供は安心するとか何とか聞いたこともある。


「大丈夫か?」


 一応、ここに弁明しておく。意識的に声音上げて、優しく言ったつもりだった。

 つもりだったんだけど。


「ひっ…………!」


 女の子は問答無用で胸の前に置いていた手を左右に引っ張ると、何かがその両手から零れ落ちる。

 すると、だ。


 ピリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!


 激しい連続した音が、周囲にけたたましく鳴り響いた。

 言わずもがな、防犯ブザーである。

 それなりに車の通りもあるし、雑多な音もあるとはいえ、注目を集めまくる防犯ブザーさん、マジパねえっす。


 女子高生にビビる大人って、こんな感覚なのかもな。

 だとしても、明らかに迷子っぽい子供なんだし、声くらいはかけろよって話なのだけれど……、傍観者効果ってやつだろうか。

 その点、ぼっちは周りの目とか気にしねえからな。ぼっち最高! やったー!

 などと、不安と焦りで激しくなりつつある心臓の鼓動を誤魔化していると、


「助けてーーーーーー!!!!!」


 女の子は叫びながら、俺の反対側へと逃げだした。

 そうなると当然、対角線上にいる神殿の下へ行くことになるわけで。


「あ、お、おい、大丈夫か!?」


 その場でしゃがんで女の子を抱き止める神殿。

 一瞬、女の子は神殿の顔を見るが、後ろから見ても明らかにほっとしたようなそぶりを見せて、その身体に腕を回した。

 イケメン君に危険性はないと判断したらしい。

 ちなみに、周囲の視線も神殿を見ると薄れていった。

 爽やか系イケメン流石だわ、死ねばいいのに。


 っと、ブザーをどうにかしないとな。

 俺は拾ったブザーにピンを指すと、音が鳴りやむのを確認して、神殿へと近づいていく。


「流石イケメン、懐かれるの早いな」


 俺の声を聴くや否や、肩をびくりと振るわせて、神殿の背中へと回りこむ女の子。

 ロリコンではないけど顔半分覗かせてるの、なんかかわいいな。

 ロリコンではないけど!


「助けて、お兄ちゃん! あの人、怖い人!」

「一瞬で、すっげぇ嫌われたな………」

「急に声をかけるからだろ?」


 神殿は呆れたように溜息を吐いて、女の子へと向き直ると、その頭を撫で始めた。


「大丈夫だぞ、お兄ちゃんたちは、怖くないからな?」

「………………ほんと?」

「ああ、本当だ。俺は神殿悟。あっちの、ちょっとだけ怖いお兄ちゃんは、杉ヶ町タカだ」

「綾鷹な、あ・や・た・か」

「え、っと…………どっち?」

「……………もう、タカでいいよ」


 勝手に人の名前を改名してくれたことについては、後で言及させていただくとしよう。


「君の名前も教えてくれるかな?」

鳴無おとなしいのり、6歳!」

「いのりちゃんか。可愛い名前だね」

「うん!」


 鳴無女児、すっげえ笑顔。おかしいな、俺は逃げられたんだけど………、そんなに俺の顔って怖いか?

 自分だと判断つかねえわ。


「いのりちゃん、おうち分かる? よかったら送っていくよ」

「え、っと………」

「…………わからないかな?」


 神殿の質問に、鳴無女児は首を縦に振る。

 まあ、迷子ってことなのだろう―――、今の時期で6歳っていうと、小学一年生か。


「とりあえず、警察まで連れてくか」

「ああ、そうだな。いのりちゃんも、それでいいかな?」

「う、うん」

「よし、それじゃあ、いこっか!」

「わっ」


 神殿は女の子を抱き上げて、驚かせないようにかゆっくりと立ち上がる。

 まるで重さを感じさせない動作だった。やっぱり、流石は運動部といったところだな。


「たかーい!」

「お、楽しいか?」

「うん!」

「ははは、それはよかった」


 それにしても、こうしてみるとイケメン君は面倒見がいいらしかった。






◆ ◇ ◆





 警察署は割と近くにあって、時刻は5時半前くらい。


「それでは、この子は署のほうでお預かりします。この度は、ご協力ありがとうございました」

「い、いえ! 俺達は当然のことをしただけですから!」

「おにーちゃん、またね!」

「ああ、今度は迷子になるんじゃないぞ!」


 なんてアットホームな会話を、俺は警察署の外で聞いている。

 警察署についてからは、全部神殿に丸投げ。

 ………………結局、鳴無女児が俺に懐くような奇跡も起こらなかったし。

 別に何とも思ってないけどな!


「よ、お待たせ!」

「おう」


 俺はスマホをポケットにしまうと、神殿と並んで歩き始めた。


「いい子だったな、いのりちゃん」

「俺には最後まで警戒してたけどな………」

「それは、第一印象が最悪だったからだろ」

「俺、何も悪いことしてないのに………」


 ほんと、世の中って理不尽だわ。


「タカって、結構子供好きだよな?」

「んー、まあ、そうかもな」

「素直じゃないやつ」


 ほっとけ。


「あの子、今日が入学式だったらしいんだけど、途中で母親とはぐれたみたいだな」

「なるほどな」


 普通、小学生なら複数人でまとまって帰るだろうから、ちょっと疑問だったのだけれど、そういうことだったか。

 ともあれ、警察までは届けたし、今から遊びに行くという雰囲気でもないだろう。

 なら、帰るか。


「んで、ここからが本題なんだけど」

「………本題?」


 なんか嫌な予感するんだけど。


「俺達で、あの子の母親を探してやらないか?」

「……………はい?」

「な、いいだろ! どうせ遊びに行く予定だったんだし、母親もきっと心配してる!」

「はぁ!?」


 俺の意思はどうでもいいとばかりに、俺の腕を引っ張る神殿。

 めんどくせえ。



 ~~4時間後~~


「気持ちは嬉しいんだけど、もうこんなことしちゃだめだからね?」

「「はい…………」」


 俺達は先ほどのお巡りさんの前で頭を下げていた。


 うん、補導、というか職質された。

 だって、日も暮れてるのに、歩行者天国のど真ん中で「鳴無さんのお母さん、どこですかー!」とか、叫んでるんだもん、こいつ。アホだろ。


「あ、あの、ところで、いのりちゃん……、鳴無さんのお母さんは?」

「あの後すぐに連絡が来まして、引き取られていきましたよ」

「そ、そうだったんですか。よかった」


 ほっと胸をなでおろす神殿は、心の底から安心したように見えた。


「………………」


 ――――――まあ、サトルが良い奴なんだなってのはわかったから、よしとするか。

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