第9話 暗黒神は退屈している
□□□
「マジギレだったわね」
異空間の暗闇の中で漂いながら、私は一人で呟いた。
それにしても、仮にも私は暗黒神ノワール様なのに、あんなテンションでマジギレする?
確かに今回のことは、私が悪かったと少しは反省する余地がないでもない。
でも、あんなに怒らなくてもいいじゃない。
事の発端は、アルバートが買ってきたチョコレート入りの焼き菓子だ。
アルバートは、普段お世話になっている、お礼にと毎月グレゴリーから渡される小遣いを少しずつ貯めて、私たちに高価なチョコレート入りの焼き菓子を買ってきた。
グレゴリーは、そのことにいたく感動したらしい。戦争中以外で誰かに感謝されるということが珍しいグレゴリーにとっては、よほど嬉しいことだったというのは想像にかたくない。
そこへ、私が屋敷に遊びに行ったんだけど、グレゴリーとアルバートは野菜の世話に余念がないようだったから、暇潰しに台所を見ていたら例のチョコレート入りの焼き菓子を2つ見つけたというわけよ。
チョコレートなんて、もう何年も食べてないので私は当然のように、そのお菓子を食べた。
アルバートによると、一つは私のために買ってきたと言っていたから、それはいいとして、問題は私がもう一つのグレゴリーのために買ってきたというお菓子を食べてしまったということ。
グレゴリーは、日中の労働を終えて夕食を食べ終えた後の最高の瞬間にそのお菓子を食べるために今日1日を頑張っていたんだそうな。
その、お菓子を私が知らずに食べたものだから、グレゴリーの怒りは頂点に達したようだった。
「それにしても、あそこまで怒る?」
私は、また呟いた。
そこから先は、互いに喧嘩腰になってしまい、収集がつかなくなってしまった。
いつもとは違う本気の喧嘩に、間に挟まれたアルバートはオロオロとして少し可哀想だったけれど。
結局、私たちは喧嘩別れして、私はこうして異空間に1人漂っているってわけ。
屋敷から持ってきた恋愛小説も、もう読み飽きたしどうしたものかと思っている。
ちなみに、わたしにとっては闇も光も関係がなく、異空間の闇の中でも本を読むことができる。
「それにしても、退屈だわー」
グレゴリーの、あの調子だと機嫌が直るまでしばらく、かかりそうだし、私から頭を下げて謝って許してもらうのも、何か違うと思う。
だって、私はこう見えても暗黒神よ。何でチョコレート入りの焼き菓子を食べたくらいで謝らなければいけないの?
そう思って、暇を持て余していたところに異空間に、あちらの世界に通じる門が開いた。
グレゴリーが開いたにしては、狭そうだけど。今の人間の女性型の姿なら何とか通れそうだ。
門の向こう側から私を呼ぶ、召喚の呪文が聞こえてくる。
私は、しばらくの間どうしようかと悩んだが、結局、召喚呪文の詠唱が聞こえてくる門を通ってあちらの世界に行くことにした。
だって、暇だったし。
私は、開かれた門をくぐってこちら側の世界に出た。
周りからは驚嘆の声が聞こえる。
どうやら、私を呼び出したのは11人ほどの闇魔術師のようだ。11人もいてこの程度の門しか開けないのかと言ってはいけない。
一人で巨大な門を開けるグレゴリーの方が規格外なのだ。
むしろ、たった11人で私を召喚できたこの闇魔術師たちは、普通のレベルで考えたら相当の凄腕の部類なのだ。
えーと、闇魔術師11人の他に風魔術師が3人、地魔術師が2人、火魔術師が1人、水魔術師が2人、驚いたことに光魔術師も1人いる。
合計20人の魔術師が、この場に集まっていることになる。
周りを見回すと壁も床も天井も石でできていて、光と言えば魔術師たちが持っている松明の灯りくらいだ。
どうやら、ここはどこかの地下室のようだ。後ろ暗い話をするには打ってつけの場所だろう。
「おお、暗黒神ゾルディア様。伝承の通り、お美しいお姿です」
私を召喚した闇魔術師の一人が私に話しかけてきた。
ゾルディアというのは、私が多く持つ名前の一つだ。
それにしても、あー、これ絶対につまらない話だ。私にはわかる。なぜなら私は暗黒神だから。
「我を召喚せし者よ、何故我を召喚したのか?」
私はできるだけの威厳を込めて言った。何しろ一応、暗黒神だし。
「我々は、帝国との戦争を再開するために集つどった魔術師の有志です」
魔術師たちのリーダー格と思われる、闇魔術師が言った。
「我々は皆、先の戦争で大切な人を失った者ばかりです。それなのに、その仇を討つことも叶わずに皇国と帝国は協定を結び終戦を迎えました。我々は皇国のその判断に納得をすることができず 、再び皇国と帝国の間に戦端を開かせるために、穏健派の要人を暗殺するつもりです。その為の大義は我らの側にあります」
やっぱり予想していた通り、つまらない話だ。
戦争を起こす大義なんて一々、聞いていたらきりがない。
「して、汝らは我に何を望むのか?」
「我らの望みが叶い、再び皇国と帝国が開戦した暁あかつきには、暗黒神ゾルディア様のご助力を賜りたいのです。あの、先の大戦の英雄、闇の大魔導師ゲオルギー・ローズ様に暗黒神様がなされたように」
“ゲオルギー・ローズ”ね。懐かしい名前だわ。
「ゲオルギー・ローズ様は4年近く前にお姿を隠されて しまいましたが、もしも再び我々の前に現れたときには、私どもの組織の首領となっていただきたいとも思っております」
その大戦の英雄、闇の大魔導師ゲオルギー・ローズは、今は名前を変えて辺境の町外れで野菜を作ったり、料理を作ったりしていて忙しいから、そんなことに関わっている暇がないと思うけど。
ついでに彼は今、チョコレート入りの焼き菓子が原因で、暗黒神の私と喧嘩の真っ最中なんだけど。
戦争かー、うーん。正直に言って、戦争は好きではないけど嫌いでもないのよねー。困ったことに。
私としては、別に戦争が起ころうが、起こるまいがどっちでもいいんだけどね。
問題はグレゴリーね。また皇国と帝国の間で戦争が起きるとなると、間違いなくグレゴリーは、同胞と故国を守るために、また戦地に赴くわ。そして、また心に消えない傷を負うことになる。
その上、今回はアルバートもいる。グレゴリーが従軍するとなったら、間違いなくアルバートもそれに着いて行こうとするわ。
多分、グレゴリーは断るだろうけど前回の大戦と同じパターンなら、アルバートも徴兵されるかもしれない。
それは、困るのよねー。だって二人に死なれたら、私が退屈し過ぎて死んでしまいたいような気になるだろうし。
「暗黒神様に捧げる供物もこの通り、ご用意いたしました。これで足りなければ、更なる供物をご用意いたします」
そう言うと魔導師の一人が、部屋の隅からボロ切れのような布を被り、肩よりも長く伸びた金髪の、耳が長くとがった細身の美しいエルフの少女を私の前に連れてきた。
そのエルフの少女は、首輪をはめられておりその首輪についている紐をひっばられて、私の前に投げ出されるようにして倒れこんだ。
エルフの少女は後ろ手を縛られていて、猿ぐつわをかまされている。
全身には、擦り傷や殴られたのであろうアザがついていた。
「エルフの乙女でございます。どうかこの供物をお受け取りください」
魔術師の一人が私に媚を売るような声で言った。
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