over extended.

---『将兵、準備はいいかい?』


「待ってくれよおかん。もう少し待ってくれ」


「あんたは、何着たってかっこいいんだから大丈夫よ。それよりあたしのが大変だね。この筋肉美を、なんとかしてドレスで隠さなくちゃならない」


「おかんでも、ウェディングドレスはちゃんと着るんだな」


「まあ、女だからね」


「いいことだと思うよ」


「あんた、軽口言えるようになったね。おいで」


 抱きしめられる。筋骨粒々の、おかんの腕。分厚い胸板。わずかばかりの、ふくらみ。


「あたしは、あんたを育てようとした。でも、あんたは、あたしに頼らないでひとりで育っていった。ごめんね。親らしいこと、なにひとつできなくて。こんな親で。ごめん」


「おかん。おかんは、俺をしからなかった。いちども。いちどもしかってこなかった」


「こわかったのさ。あんたに、実の親じゃないくせに、って。言われるのが」


「実の親じゃないくせに。おかんは、俺を、愛してくれた。しからず、怒らず、ただ心配して、見ていてくれた。俺のことを。それが、どんなことよりも、うれしかったよ。おかん。おかんは俺の、唯一無二の親だ。いや、親以上だ。おかんは最高だよ」


「将兵。愛してるぞ。この世で二番目に」


「一番は弁当屋のおやじだな。それでいい。俺も、おやじとおかんは二番目だ」


「そうだね。あんたの一番は、彼女さんだ。おたがい、もっと大事にするべき人ができた」


「さあ、行こう。おかんの晴れ舞台だ」


「行くかね。あんたの晴れ舞台でもあるよ」





 ---『買奈。その格好は何よ』


「これから結婚するってのに、あなたまだ、そんな派手な格好を」


「これがいいの。街歩いても、誰からも声かけられないし」


「そうなのか。最近の若い者のことは分からんなあ」


「ほっといてよ。これから嫁ぐんだから」


「そういうわけにはいかないわ。あなたは私たちの唯一無二の娘なのよ」


「わたしはね。この家を出ていく前に、言うことがあります。はっきりと、ここでお伝えしておきます」


「えっ」


「なんだい、買奈」


「えっちの声がうるさい」


「えっ」


「えっ」


「えっちの。声が。うるさいっ」


 扉を閉めた。


「待って。待って買奈」


「ごめんよ。本当にごめん。今まで気付かなくて」


 後ろから二人が追いかけてくる。


「買奈がさびしいかなと思って、必死だったんだ。二人目をどうしても作らなくちゃって」


「そうなのよ。それがまさか、その。ええと、ごめんなさい」


 立ち止まった。


「許します。はっきりとお伝えしておきますが、わたしは普通です。お父さんのこともお母さんのことも、普通に思っています。好きでもきらいでもない」


「あら」


「うれしいな」


「なんでよ。そこでうれしいっていうのは、おかしいと思います」


「いや、なんと言ったらいいか」


「私たち、ほら。仕事ができるじゃない。おかねもたくさんかせいで。だからね。夫婦で誓ったことが、あるの」


「お父さんとお母さんの願いはな、買奈。おまえが、普通でいてくれることなんだ。毎日国家の存亡を左右するような仕事で走り回って、半年に一度ぐらいしか同じ時間にいられなくて、それでお互いに大きな声を出してえっちするような人間には、その、ええと、なってほしくないと、思って」


「苗字で呼んでごめんね。好きなの。わたしの苗字。月何って名前があるのに、呼んであげられなくて。ごめんね」


 耐えきれなくなった。


「おとうさんっ。おかあさんっ」


 突っ込んで、抱きつく。


「買奈。大きくなったな。ごめんな、だめな父さんで」


「だめじゃないっ」


「買奈。普通であることは、この世で最も美しいことなのよ。あなたは綺麗よ。この世の誰よりも」


「おかあさんもきれいっ」


「さ、行こうか。結婚式に遅れてしまう。なにせ向こうのほうはお母様も結婚するんだからな」


「母子で同時に結婚するなんて、素敵よねえ。お相手はお子さんのアルバイト先のお弁当屋さんなんですって」


「お父さん、お母さん。来客に、変な人、呼んでないよね?」


「大丈夫。この国で偉い人の上から三十人ぐらい、呼んでおいたから」


「他の国からも何人かいらっしゃるわ。国賓待遇で」


「ええ。うそでしょ。もっと普通にしてよっ」

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