「何よ。人を幽霊みたいに」


「うわっ」


「退院しましたっ」


 目の前。彼女。


 おなかをめくる。


「こら。外だぞ」


「誰もいないわよ」


 おなか。


 いたいたしい、手術痕。


「さわる?」


「うん」


 さわろうとして。


 人の気配。


 あわてて、離れた。


 彼女も、素早くおなかを隠す。


「あら、おひさしぶりねえ」


「こんにちは。おねえさん」


 近所のおばさん。膝をいたそうにしている。


「最近、膝がいたくってねえ」


「それはたいへん」


 彼女。膝をさする。たぶんやっぱり、スカートのなかも。


「大丈夫ですよ。すぐ治ります」


「ありがとうねえ」


 おばさんが去ってから。


「ねえ。ちょっと。聞いて聞いて」


「またパンツの話?」


「おばさんの膝。治ってた」


「え?」


「あの膝のいたみ。さては、昨晩お楽しみだったな?」


「やめなさい。はしたない」


「私も退院したんだし。いいでしょ。私たちも?」


「だめです」


「なんでよ」


「ちゃんと治るまで。だめです」


「あなたの血で治ったんだから、大丈夫よ。もうおなかぐちゃぐちゃじゃないよ。だから、ぐちゃぐちゃにしていいよ?」


 相変わらずの、小学生男子レベル。


「あ、いま、小学生レベルって思ったでしょ」


「うん。まぁ」


「中学生レベルに進化したのよ。しもねた対応型です」


「うん。色々と悪化したね。大人の女性になるまでは、だめです」


「ひええ」


 彼女。うれしそうに、笑う。


「今日はどちらまで?」


「公園まで。さっと行ってすぐ戻らないと、父さんと母さんが探しに来ちゃうから」


「あ、それは大丈夫です。先に挨拶をしてきたので」


「なんて?」


「息子さんを私にください、って」


「ばかだなあ」


「入院中に中学生レベルまで進歩しましたから。そっちは?」


「僕?」


「訊いても、いい?」


「どうぞ」


「まだ、声は」


「聞こえるよ」


「そっか」


「でも、そんなに大きくない。凍氷が救急車に運ばれていくときから、呻き声のボリュームが、本当に、ほんの少しだけ、下がったんだ。だから運ばれるのも見ていられた」


「それで、そこから麻酔なしで私と臓器交換手術と」


「いたかったなあ」


「よく生きてるよね?」


「だって、悲劇のヒロインみたいに死にたくなかったんでしょ?」


「それはまあ、そう、だけど」


「凍氷のためなら、呻き声のなかでも、麻酔なしで腹を捌かれても、耐えられるよ」


「え、えへ。えへえへえへ」


「照れ笑い下手だね」


「私のおなかのなかに、あなたのがいっぱい」


「しもねたですか?」


「はい」


「はいじゃないよ。まったく」


「凄いよね。血液型だけじゃなくて、細胞組成まで全部同じなの。お医者さんも驚いてた」


「僕は確信があったけどね」


「あっかっこいい」


「だから、生き残れた。崩落事故でも、そして今も」


「うん」


「呻き声はなくならないけど、それでも、凍氷がいれば、なんとかなるよ」


「私はずっと、南弧の側にいるよ?」


「はい。公園です。着きました」


「わあい」


「僕も遊ぼうかな」


「おいでおいでっ」


 ゆっくりジャングルジムを登り。滑り台をそろそろと降り。


 ブランコ。


「体力、ないね?」


「入院してたのに、凍氷のほうが体力あるなんて」


「夜は私が上になるね」


「しもねたっ。やめなさいっ」


「へへ」


「動いたら、おなかすいたな。帰ろっか」


「うん」


「なに食べたい?」


「塩ラーメンっ」


「あ、今日は塩なんだ」


「ここに来る前にスーパー寄って、あなたの家に具材置いてきましたっ」


「準備がいいことで」


「帰ろ?」


 手を繋いで。


 ふたりで帰った。


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