133話 仏に幽霊との恋愛成就を祈るのはルール違反ですか?
まあいいや。そもそも何の話してたんだっけ。
そうだよ、三本の滝の話だよ。
「それで三本になってるのは何か意味があるのか?」
「おー、よくぞ聞いてくれました。向かって左から順に学業成就、恋愛成就、延命長寿を叶えてくれるそうですよ」
へー……全部俺には直接縁がなさそうに思えるんだけど。
別に今さら何かを本気で勉強しようなんて思わないし、長寿でありたいとも願うほどには考えたりはしない。
唯一恋愛成就だけは少し関係あるのかもしれないけど、成就したい相手は幽霊だしそれを仏様に頼むのもお門違いな気がする。
「観光ガイドとか向いてそうだよな」
「せっかく教えたのにすっごい関係ない返答がきて私は悲しいです。……というかそれって暗に転職しろって言ってます!?」
それはただの被害妄想だよ。
単純に教えるのがうまいからっていう意味で褒めただけじゃん。
そんな感じで話していると、というかどちらかというと後輩がぎゃーぎゃーと言っていただけなんだけど、それを聞き流していたらいつの間にか滝は目の前にまで迫っていた。
やっぱり流れがスムーズだからかそんなに長時間待った感じはしないな。
「で、結局先輩はどれにするんです?」
「……恋愛成就」
「消去法ですね」
なぜばれたし。
お互いに一つずつ柄杓を持ち滝の前に横並びで並ぶ。
お、意外と距離があるんだな。
ちょっとだけ前のめりになりながら三股で流れている真ん中の滝へと柄杓を伸ばす。
その瞬間、カツンという音とともに右から伸びてきた柄杓と俺の柄杓がぶつかり合った。
後輩の方へと顔を向けると、向こうもこちらを見てきており目と目が合う。
柄杓が触れ合いながら流れる気まずい時間。
柄杓と柄杓が触れ合いから始まるラブコメの予感。
いや、始まんねえわ。
俺が恋愛成就を選んだら消去法ですねーとか言ってたのに、しれっとお前も恋愛成就選んでるじゃん。俺と同類じゃん。
お互いに何事もなかったかのように柄杓に水をためて、それを自分の方へと引き寄せる。
一瞬流れている滝水の上で杓を止めてしまったからか、柄杓の中には並々と水が注がれていた。
こういうのって一口で飲んだ方がいいんだっけ? いやでもこの量を一口で飲み干すって言うのは、なかなかに苦行というか、そもそも全部飲む必要ないんだっけ?
こういうときは先人の、というか詳しいやつの力を借りよう。
そう思い一度視線を外した後輩の方へと再び視線を向ける。
すると後輩は豪快に顔を上にあげ柄杓にたまっていた水をひたすらに流し込んでいた。
「えー……」
こいつめちゃくちゃ本気じゃん。
消去法とかじゃなくて本気で恋愛成就しに来てるじゃん。
いや別にいいんだけどね。何も恥ずかしいことではないんだろうけど。
むしろ欲望に忠実で実に人間らしいとは思うんだけどね。
もうちょっと勢いというかさ、飲み方とかは考えた方がいいんじゃない?
「うっ……げふっ」
ほら、勢いよく飲みすぎてえずいちゃってるじゃん。というか飲みきれなくて口の端から垂れてきてるし。後そのやり切ったかのような死んだ目でこっち見るな。
少なくとも今のお前の姿を見て恋愛成就するとは思えんぞ。
しかし今の後輩の行動からどうやら一口で飲まないといけないというのは分かった。
俺は隣に立つ悲惨な表情をしている後輩の二の舞にならないとゆっくりと柄杓を傾けて飲むことにした。
お、意外と冷たくてうまいな。
並んでるときに何も飲んでなかったからのどが潤って、なおおいしいような気がする。
……でもやっぱり量は多いな。
なんとか柄杓の中に入っていた水を飲みほした俺はそこから離れようとした。
「さとる」
しかし隣にいたレイがその場から動こうとせず、なぜか両手をこちらに差し出してきていた。
「やりたい」
……えーっと? これは流れから言うとレイも滝飲みをしたいということか?
「レイ、これは一人一回って決まっていてだな」
「やってないよ?」
周りに聞こえないように若干かがみながらそう言ったが、レイは自分自身を指さしながら首をかしげる。
そうですね。あくまで今滝飲みしたのは俺であってレイではないですね。
しかし周りから見るとそうは見えないんですよ。
俺がなかなかその場から動かないことを不思議に思ったのか先に滝から離れようとしていた後輩が逆走して戻ってくる。
「何してるんですか、先輩」
「さとる、ちょうだい」
うっ、冷気が強くなってきた。
このまま放置するのは俺の寿命にも、立ち止まり続けるのも待っている人にも悪い。
……ええい、ままよ。
俺はレイに柄杓を手渡す。
レイは嬉しそうにそれを受け取ると俺の前に立つようにして滝の前に立った。
もちろん俺はそこから離れるわけにはいかない。
しかも俺はレイの身長に合わせて柄杓を持っているふりをしなければならない。
そうでなければ周りの人から見れば、柄杓が宙に浮いてひとりでに動き出したように見えるだろうから。
「先輩……?」
恐らく突然柄杓を持ったまま中腰になり左に右に向いて奇行し始めたように見えるのであろう俺を、じっと見つめてくる後輩。
どうして戻ってきたのか。そのまま去ってくれればまだ赤の他人に白い目線で見られるという被害だけで済んだのに。
いやこれもレイのため。
せっかくレイもここまで一緒に来たんだ。彼女も楽しまなければもったいない。
レイが楽しむためなら後輩の視線が何だ、周りの視線が何だ! 今はレイが最優先!
くっ……足曲げながら腕伸ばすのきつい……。
しかもレイに重ならないように気を使ってるから変に力が入っているから、腕がプルプルしている……!
レイは俺の真似をしているのか、それともさっきの俺と後輩の会話を聞いて理解しているのか、真ん中から流れている恋愛成就の滝水をくみ取りそのまま口の中に流し込んでいた。
さすがにレイと完全に顔を重ねるわけにはいかないから、はたから見ればちょっと不自然かもしれないが、がっつりみられているのは恐らく後輩のみ。
これまでの傾向から考えて後輩ぐらいならいくらでもあとから言い訳ができるはず……!
「……ぷはっ!」
一気に水を飲みほしたレイは満面の笑みで柄杓をこちらに返してきた。
この笑顔が見られるなら俺はいくらだって変人になろう。
「おいしかったです」
そしてなぜか滝に向かってお辞儀をしたレイはそのまま体をひるがえし、滝から離れるように歩き始めた。
俺もそのあとを追うがすぐに後輩と目が合う。
「先輩今の……」
目を見開きこちらを見つめる後輩。
さすがにごまかしきれないか……? 全身に緊張が走る。
正直今の光景を突っ込まれた時の言い訳なんて思いついていない。
レイの行動を隠すので精いっぱいだった。
しかしここで視線を外してしまえば、疑惑が増すのみ。
俺はあえて後輩から視線を外さずに続く言葉を待った。
「……どれだけ恋に飢えてるんですか。さすがの私でも必死すぎてちょっと引きます」
……なんとでもいうがいいさ。
後輩に不自然な飲み方に気づかれていないと確信した俺は不敵な笑みを浮かべて、後輩の隣を通り過ぎる。
「え、なんでちょっと誇らしげなんですか。意味わかんないですけど。ちょっと先輩!?」
後輩が何か言っているが聞こえない。
俺は乗り切ったのだ。この一世一代のピンチを。
たとえ周りから白い目で見られようとも、後輩に気持ち悪がられようとも、今の俺の心は達成感で満ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます