70話 べ、別に後輩のことなんてなんとも思ってないんだからね! いや、ほんとに。

 食堂の窓から外をのぞけば午前中に降っていた雨も上がり、余韻を残すかのように雨粒が窓にこびりついている。

 ……こびりついているってなんかやだね。


 ていうか最近雨降りすぎじゃないかな。秋だよ? 梅雨の真逆だよ?

 もうちょっと穏やかになってくれてもいいと思うんだけど。

 帰りは雨降ってないといいなあ。


「先輩!!」


「はい、いい天気です」


「いいお返事ですね! 全くかみ合ってないですけど!!」


 あれ、つい最近同じことやったような気がするんだけど。

 今日も今日とて後輩は食堂につくやいなや俺の目の前の席を陣取った。


 ほかにも空いてる場所はいっぱいあるんだから、そっちを使えばいいのに。

 昼ご飯くらい一人でゆっくり食べたくない?

 こんなこと言ってるから俺はいつまで経ってもボッチなのか……。


「悲しくなるな」


「なにがですか! 先輩が悲しいとか楽しいとかは正直どうでもいいんですよ!」


 この後輩ひどい。会社の先輩のことを何だと思ってるんだよ。


「先輩この間の件、どうするつもりなんですか!?」


 言葉を濁すな。そして大声を出すな。

 またあらぬ方向に勘違いされるだろうが。


 最近社内で俺らなんて呼ばれてるか知ってる?

 食堂で見せつけるように痴話げんかをするバカップル。


 通称『食バカップル』だよ?


 食堂と職場とバカップルをかけたんだね。誰だよ考えたやつ。

 それ聞いたとき、お、ちょっとうまいなって思っちゃったじゃんかよ。


 うまいとかそういう話じゃないの。俺からしたら全部風評被害なわけ。

 そもそも後輩の話を聞いてなくて会話が成り立ってない時点で、カップルなわけないじゃん。会話にならないんだから好きになるわけがないのよ。


「とりあえず謝ってもらっていい?」


「唐突すぎます!」


 まあ何日か前にわけのわからない提案を受けてから、俺はこうしてのらりくらりとその話題を避けているわけだが、後輩は諦めようとしない。

 社会人なんだからさ、俺が家に入れたくないんだなって察しましょうよ。


「後輩よ、そもそも君は女性なわけだ」


「先輩、私の名前知ってます? 考えてみたらこれまで呼ばれた記憶がないんですけど」


 ほらな、会話が成り立たない。名前の話をしてるんじゃないんだよ。

 こっちから話題を振れば逸らされる。

 君は俺の家に来たいのか来たくないのかどっちなんだい。


「あ、もしかして先輩、私が一人で行くとどうにかなっちゃうと思ってます? 大丈夫です、先輩はそういうことできないってわかってますし、私にもそういう気持ちはないので安心してください」


 剛速球で話題が帰ってきたと同時に、その球が俺の心を砕きに来たんだけど。

 なんで俺告白どころか何も言ってないのに振られた感じになってるの?


 別に俺も後輩のことはなんとも……建造物に魂を捧げる残念な子としか思ってないけど、それでも傷つくのは傷つくんだよ?


「そもそもいつも私がほとんど一方的にしゃべってるし、会話すら成り立っていないのにそんなことが起こるわけもないんですよね」


 ……なんだろう。他人に言われるとすごい、こう……寂しい気持ちになるね。

 俺今、あなたとはお話になりません。って断言されたようなもんじゃん。


 そういうのは口に出して言うんじゃなくて心のうちに納めておくもんだと思うよ!

 社交辞令! 大事!


「じゃあなんで俺の家なんだよ。別に居酒屋とかでいいんじゃないか?」


「いやーだって、私も先輩もお酒飲まないじゃないですか? なんかもったいなくないですか?」


 後輩よ。それは違うぞ。

 確かに俺は酒はあまり好んでは飲まない。


 だがしかし居酒屋とは酒を飲まない人でもちゃんとお腹いっぱいになって、なんか楽しい感じになって帰れる親切設計なお店なんだよ。


 良質な居酒屋だと良心的な価格で大量の量の料理を提供してくれる。

 しかも中盤くらいから酒を飲んでる人は料理をつまみ感覚くらいでしか食べないから、結構満腹になる。


 ほんとどこぞの残念オリジナル料理を提供する食堂とは大違いだよ。


「それに……」


 後輩は突然気まずそうに表情を曇らせながらうつむく。


 おっと、居酒屋に情熱を注いでる場合ではないな。

 これはちょっと真面目に聞いておかなければ、あとで後悔するやつだ。


 後輩のおちゃらけた雰囲気がなくなったことを察知して、俺もすっと姿勢を伸ばして真面目モードへと移行する。


「知らない人に私のこと残念な人だと思われたくないですし」


 うーん…………もうテオクレだと思うんだけど?


 ん? この子はまだ自分が残念な子だってことを隠せてると思ってる?


 猫の皮どころか顔面の皮もはがれかけてるレベルで欲望さらけ出してるのに、まだ間に合うと思ってる?

 いったいどこらへんでそう思ったんだろう。ちょっと気になるから聞いてみたい。


 そもそも後輩は俺に何を相談するつもりなんだろうか。

 めちゃくちゃヘビーな案件とかだったら俺なんかに相談しても無駄だと思うけど。

 いや、さすがに後輩もまさか俺のことをそこまで頼れる人間だと思っているわけがない。


 ……なんか無駄に病みそうになってきた。

 ネガティブまっしぐらルートに突入しそうになった思考を強制終了し、口を開く。


「じゃあ後輩の家じゃだめなのか?」


「え、何言ってるんですか普通にダメに決まってるじゃないですか」


 顔をあげると同時に真顔でこちらをまっすぐ見つめてくる後輩。


 じゃあなんで俺の家ならいけると思ったんだよ!!

 いや俺もOKでーすとかって返事が返ってくるとは思ってなかったよ?


 否定される前提で言ったに決まってる。しかも結構謎に緊張したんだからな?

 いった後にちょっと気まずさ感じて、視線逸らしちゃったんだからな。


 そんな俺のピュアな心をを踏みにじるがごとく、ミジンコを見るような目で見てきやがって。

 ミジンコだってすごいんだからな! こう、なんか……きっとすごいんだよ。


 だめだ。このまま後輩としゃべっていても俺の血圧は上昇していくばかりだし、堂々巡りになるだけだ。


 家に呼ぶのも嫌だが、後輩と一生こんなやり取りをするのも疲れる。

 正直仕事してる時より疲れる。やはり怒りというのは人間にとって悪感情なのだ。

 毎日頭空っぽにして生きてるくらいがちょうどいいんだよ。


「本当に最近よく一緒にいるな。私も邪魔していいか?」


 突然俺の背後から声をかけ、そしてナチュラルに俺の隣に腰かけたのは、あの日あの時ショッピングモールで最悪の状態で遭遇した先輩だった。

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