第3話 場所

 何ですか跳躍者って。昨今流行の異世界転移とでも言うつもりだろうか。それに何百年振りって何。貴方はどう見ても中学生くらいでしょ。ナイスジョーク。


「いや、悪い悪い。その辺りも追々説明はしよう。まずはそうだな、我の名はヴァン・ヴァルテール・ヴィニスヴィニクという。気軽にヴァンとでも呼んでくれ。ニホンゴ、というのは久々でね、言葉が分かり辛かったならすまない」


「えっ、あ、はい……。えっと……俺は春場。春場直樹といいます」

「ハルバ、ハルバか。いい名だね」


 何かよく分からんままに自己紹介が始まった。

 予想はしていたがやはり異国のヒトだったか。女性にヴァンという名前は珍しいんじゃないかと思うが、まあそれを今突っ込んでも仕方がない。


 しかし物凄く尊大な喋り方する女の子だな。

 何というか、見た目の可憐さにそぐわぬスゴ味がある。こういうのをオーラとでも言うのだろうか。取引先の超大手企業の本部長なんかと同じ雰囲気だ。喩え方がちょっとおかしいかもしれないが、職業柄そのような、いわゆるやり手と呼ばれる人とはよく話をしていた。


 黒のワンピースのみを纏った絶世の美少女を相手に、だだっ広い洞窟の中でのボーイ・ミーツ・ガール。随分と奇怪なシチュエーションである。俺自身をボーイと準えるにはかなり無理があるけども。


 ていうかこの子、靴履いてないじゃん。裸足でこの足場はかなり厳しいと思うのだが、その辺り気にしていないのだろうか。

 一目見ただけで分かる、きめの細やかな玉肌。肌荒れやら擦り傷やらとは凡そ無縁と思われる程に整っている。ワンピースの裾からその顔を覗かせる整った脚は、見た目の幼さとは裏腹にいっそ清清しいほどに蠱惑的だ。


 うーん、ここでも高得点。

 そんな取り留めのないことを考えながら眼前の少女を眺めていると、彼女は深紅の瞳を僅かに揺らめかせ、言の葉を続けた。


「ところで、君は何が出来るのかな」

「えっ? あの、何が、と言いますと」


「何かあるだろう。職業だとか、得意技だとか」

「ええーっと……労務管理、ですかね……?」


 自己紹介が終わったと思ったら今度は面接が始まったんですけど。

 見た目中学生の女の子に面接される三十路のおじさん。絵面が酷い。


 しかし何が出来るのかと問われても困る。こちとら正真正銘ただの人間でありおじさんであり日本人だ。特段スポーツを得意としていたわけじゃないし、社会保険労務士という資格を持ってこそすれ、天才だとかそういう類の人間じゃないことは俺が一番理解している。


「うん? ロウムカンリ? それはどのような職業だ?」

「どのような……うぅん……? 労働者の働き方を管理したり、指導したり……?」


「ほう! 君はヒトを導く能力を持っているのか!」

「えっ」

「うん?」


 何か想定外の方向に話が飛んでった。人を導く力なんてこれまた大仰な表現をされたものである。

 別に俺がやってきたことはそんな大それたことじゃないんだけどなあ。ただ企業のお偉方とお話して、日本の法律に則ったアドバイスをしたり、お手伝いをしていただけだ。

 それ一つとっても資格がないと出来ないし、法律や社会保険の知識なんかも必要だが、まあ諸々労力に見合った収入とは言い難かった。何より、俺にはお世辞にも人を導く力なんてものはない。勘違いもいいところである。


「あ、あの!」

「うん? 何だい?」


 いやいやいや、ちょっと待てよ。

 いきなりの事態で順序が大きく狂ってしまっているが、そもそもこんな暢気な話し合いをしている場合ではない。もっと根本的かつ大事な事柄があるじゃないか。


「……一つ伺いたいのですが。ここって何処なんです? 日本……じゃないんでしょうか」


 意を決して放った言葉はしかし、俺の予想の遥か斜め下を行く気弱さであった。

 おじさんにはこれが限界。つらい。


「ふむ。まあ、気になる気持ちは分からないでもないが」


 そう。ここは何処だという問題だ。

 さっきから場の空気に流されっぱなしであるが、こんな小さい女の子に何時までも気圧されていては大人が廃るというもの。


 とは言うものの、心情と態度は必ずしも一致しないものである。

 うーむ、天性の気の弱さが光る。かなしい。


 冷静に考えれば、こんな洞窟に女の子が居ること自体が既に尋常ではない。少なくとも俺が培ってきた常識ではまったく計りきれないことだし、現代日本ではまず考えられない事象である。

 俺の家が明らかに普通の状態じゃないのはもうこの際致し方ないとして、今俺が置かれている状況については少しでも情報を得ておきたい。

 目の前の少女がどこの誰か、というのも確かに気になるといえばその通りだが、それよりもこの場所が何処に位置するかという方が問題としては大きい。


「今伝えても恐らく、理解出来ないと思うが」

「いえ、構いません。お願いします」


 最低限、今居る場所が分かれば帰る手段も生まれるかもしれないし。

 いや、帰るべきおうちはすぐ後ろにあるんだけど。そういうことじゃなくて。


「まあいいか。フルクメリア大陸のアーガレスト地方だ」

「フル……ア……えっ何て?」


 なんて?


「フルクメリア大陸」

「……フルクメリア、大陸……?」


「の、アーガレスト地方だ」

「アーガレスト、地方…………?」


「……えっ何処」


 何処だよ。

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