第2話:偽善

「いらっしゃいませ、どうぞよく見てください」


 私は来てくださったお客さんに愛想よく声をかけました。


「あの、すみません、私なんかが入らせていただくのは申し訳ないのですが、手伝いの代わりにパンを分けていただけるという噂を聞いたものですから……」


 ですが、来てくださったお客さんはとても申し訳なさそうです。

 身なりから見て貧乏に苦しんでいる女性のようです。

 それでもパン屋に来るので、ボロボロの服を精一杯洗って清潔にしたのでしょう。

 一番幼い子供を子守り着で胸に抱き、両手は二人の子供と手を繋いでいます。

 少し大きい子供二人は母親の後ろに隠れています。

 母子ともぎりぎりの生活をしているようで、とても痩せています。


「ええ、家の仕事を手伝ってもらう代わりに、パンを分けさせてもらっていますよ。

 頑張って働いてくださったら、子供たちの分も分けて差し上げます。

 家は裏になっていますから、ついてきてください」


 私の指示を受けて、子供連れのご婦人がついてきます。

 子供たちがよだれを垂らしてパンを見ていますが、盗んだりしません。

 母親の躾がいいのでしょう、好感が持てます。

 高いパンをあげる事はできませんが、安くて栄養の豊富なパンをあげましょう。

 ライ麦の粒をまるごと粉にして焼いたパンなら、ビタミンやミネラル、食物繊維やタンパク質が豊富だから、肉が食べられない貧民に最適の食糧になります。


「この家と庭、全部を掃除してもらいます。

 パンを売っていますから、清潔にしなければいけません。

 奥さんだけでなく、子供たちにも水浴びして身体をきれいにしてもらいます。

 手足はこの石鹸で丁寧に洗ってください。

 井戸の水でここにある水瓶全部を一杯にしてください。

 ただお腹がすいては働けないでしょうから、先にこのパンを食べてもらいます。

 いいですか、分かりましたか?」


「え、あの、その、先にパンを頂けるのですか?」


「はい、お腹がすいておられるようなので、先払いしてさしあげます。

 その代わりと言っては何ですが、真面目に一生懸命掃除してください」


「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます。

 精一杯心を込めて掃除させていただきます」


「では、私は店に戻りますから、後は頼みますね」


「はい、お任せください、誠心誠意きれいにさせていただきます」


 私は急いで店に戻りました。

 私が見ていては、安心してパンを食べられないでしょうから。

 ただ私が見ていないと、母親がパン全部を子供に食べさせてしまうかもしれません、それだけが心配です。


 母親の慈愛とは、時に自分の命する子供与えかねません。

 偽善かもしれませんが、私の目の届く範囲で、不幸な母子に死なれるのは嫌です。

 だから多くの人に家事手伝いの代償にパンを分け与えていたのですが、この母子だと一時的に与えるだけでは難しいかもしれません。

 この母子を助けるためにはどうするべきか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る