第30話


「んっ」


身動ぎしたクーチの動きで朝を迎える。右腕にくっついたままのクーチからそっと右腕を抜いていくと、パッとクーチの目が開いた。


「すまん、起こしたか?」

「おはよう…ごじゃいましゅ‥。」

「ああ、おはよう。」


まだ眠そうなクーチの頭を撫でると「えへへ」と溶けるような笑みを浮かべる。


「シャワーを浴びるがどうする?」

「一緒に入ります。」


そのままクーチを抱き起して2人でシャワーを浴びる。


2人でスッキリしてから着替えて1階の食堂へと降りると、マルとキクリが既にテーブルに座っていた。


「おはよう。」

「おはようございます。」

「…よう。」

「おはようございます!」


4人で挨拶を交わしてテーブルに座り、アイス珈琲と果実水と朝食、ついでに昼の弁当を4人分頼む。

マルとキクリは果実水のようだ。

煙草に火を付けて「ふう」と煙を吐き出す。


「今日は十一層に行こうと思うんだが、注意する事はあるか?」

「そうですね、出てくる魔物の種類は変わらないのですが、数が多くなるのと殆ど武装しています。杖を持ったゴブリンが魔術を使う場合もあるので注意が必要ですね。」

「そうか。」

「それと、ハントさんのグローブは金属製か硬い革製の物にした方がいいかもしれません。前衛がキクリしかいないので万が一抜けてくる魔物が居た場合に危険が増えると思うので。」


マルに言われてそういえば片方が穴の開いたままだったな。


「それじゃあ、武具屋に寄ってから行こうか。予算は少ないが、見てみよう。」


そういえば、メイズに来てからほとんど稼げていなかったな。いかんな、老化が進んでいるのかもしれない。


「そういえばメイズに来てからまだそんなに稼げてないですよね?」

「ああ、一層から五層じゃ殆ど戦えてないからな。」

「それなら私がプレゼントします!レベル上げのためにメイスを買おうと思ってましたがマルさんのお陰で治癒に専念できそうなので、その分ハントさんの防具に使いましょう?」

「それは嬉しいが、いいのか?」

「はい!ハントさんが守ってくれますから。」


にっこりと微笑むクーチに、ありがとうと礼を言って照れ隠しに煙草の煙を吐き出す。

レベルの話しで思い出したが、昨日で俺とクーチは一つづつレベルが上がっていた。ようやくだ。


「それなら一件お勧めの武具屋があるので紹介しますね。職人の腕もいいですよ。」

「ああ、それじゃあ食事が終わったらお願いできるか?そのあとで十一層に行ってみよう。」

「分かりました。」


4人で和気藹々と朝食を食べて出発の用意をする。

女将さんからそれぞれ昼の弁当を受け取って鞄に仕舞う。クーチのは俺のバックパックの中だ。


「それじゃあ、武具屋に行きましょうか。」


マルの案内で街の中を移動する。


北の区画で細い路地に入るとその店はあった。

『ティック武具屋』

と看板が下げてある。


カランカランと音を立てながらマルが扉を開けると、店の奥からキンッ!キンッ!と金属を叩く音がする。


「こんにちは~!ティックさ~ん!」


マルが大きい声で奥に声を掛ける。


「はいよー!ちょっと待ってな!」


奥から返事が返ってきた。また金属音がし始めたので側に並べてある短剣を手に取って職人の目で見てみる。


鋼の短剣:職人ティックが作成した短剣

     切味上昇付与


「おお。」


思わず感嘆の声を漏らしてしまう。効果が付与されている武具を神様からもらった以外で初めて見た。


「待たせたな。お?見ねえ顔だな。」

「ティックさん、この2人はハントさんクーチさんです。今、一緒に迷宮に潜ってるんですよ。」

「そうなのか。ん?お前…その短剣…。」


ティックは目を開いて俺の腰にぶら下げてある短剣を見ている。


「ん?これか?」

「ああ…。少し見せてもらっていいか?」

「ああ。ほら。」


腰のベルトから短剣を外し、鞘ごと渡す。


「おおっ!こりゃすげえ!」

「分かるのか?」

「ああ‥!こりゃ最高の仕事だ。あんた、これはどこの職人が作ったんだ?!」


グッとこちらに顔を近づけるティックから少し離れながら苦笑する。


「これは貰い物でな。形見みたいなもんだ。」

「…そうか。悪い事を聞いたな。」

「構わんよ。それより、ロンググローブの代わりに硬い革製か金属製の籠手を探してるんだが良い物はあるか?予算はそんなに無いんだが。」

「予算は50000ドルグです!」


横からクーチが声を上げた。


「おいクーチ。それは高すぎる。」

「いいんです。ハントさんの弓を使う大切な腕を守るための物です!良い物を買うべきです!」

「50000か。ちょっと待ってな。」


顎に手を当ててなにやら考えたティックが奥へと引っ込んでいく。


「クーチ、本当にいいのか?」


なにか、日本でいうヒモのようで落ち着かない。ソワソワしてしまう。


「はい。ハントさんは私を守ってくれるんですよね?」

「ああ。もちろんだ。」

「ならいいんです。受け取ってください。」


そう言ってニコリと笑うクーチ。

本当に強くなったというか、もともとこういう性格なんだろうなと思う。


「それじゃあ、ありがたく。」


礼を言って、ティックが出てくるのを待つ。


「待たせたな。だいぶ前に作ったやつだから探すのに苦労しちまった。ほら。」


そう言ってカウンターの上に木箱が置かれる。ティックが木箱の蓋を開けると黒い光沢のある籠手が入っていた。


「これはずいぶん前に迷宮の三十層で倒されたブラックスネークの皮を加工したもんだ。刃物にも強いし、弱い魔術なら多少防ぐことができる。さすがにそれ以上の階層の魔物だとちょっと心もとないが、そこまでなら十分使える。重い金属製のにするよりはこっちのがいいだろう。52000ドルグだが、50000ドルグにまけといてやるよ。」

「付けてみていいか?」

「ああ。」


どこぞの漫画で見た忍者の籠手のような形のそれを腕に付けて、少し腕を回したり動かしたりしてみる。ピタリと吸い付くような付け心地だが窮屈さも無い。職人の目でも確認してみる。


黒蛇革の籠手:職人ティックが作った籠手

       丁寧に革の加工がされている

       物理耐性小付与 魔術耐性小付与


「こりゃいいな。」

「そうだろうそうだろう、なんせ俺が作ったからな。」


自慢気に腕を組むティック。


「クーチこれをお願いしていいか?」

「はい!もちろんです!」

「ん?なんだ、おめえドルグがねえのか?」

「いいえ、これはいつも助けてくれるハントさんへの私からのプレゼントなんです。」

「そうかそうか、おめえいい嫁さん持ったな!」


がっはっはと笑いながら背中をバシバシと叩いてくるティック。

クーチはクーチで頬に手をあてて「嫁さん…」と呟いている。


「おい。戻ってこいクーチ。」

「はっ!はい!会計をお願いします!」


クーチは手首のタグを出して会計を済ませる。


「毎度あり!なんか不具合があったら来てくれな!キクリも不具合あったら来るんだぞ!」

「…分かった。」

「ありがとうティック。また来る。」

「おう!」


ティックに礼を言って店を出る。


「クーチ、ありがとう。」

「はい!どういたしまして!」



「さて、それじゃあ迷宮へ行こうか。」

「「「はい。」」」


新しい装備で少し浮かれた心に気合を入れ直して、迷宮十一層へと向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る