飽食

わいわい、がやがや。


エプロン姿の老若男女が、取り皿を片手に雑談しながら食事を楽しんでいる。


「今日はイキの良いの入ってますなあ。」

「私は今三つ目ですね、もう一つ、行こうかな。」


食べ放題の会場は、今日もにぎやかだ。

大きなテーブルの上に、いろんなモノが所狭しと置かれている。


あんまり食欲のない僕は、ぐるりとテーブルの上を見渡して…うーん、これと言って食べたいものが‥‥。しかし食べない事には、ここから出ることはできないからなあ。


比較的おとなしくしているものが多いけど、震えてるのや飛び跳ねてるのもいるな。

下手に目立つと爆食タイプのやつらに食われるというのにホント考えなしというか…。


「お!!イキのいいやつはっけーん!いっただきいー!!」


暴食タイプ間違いなしの、腹の出過ぎたおっさんが飛び跳ねてるヤツを手づかみして…取り皿にのせることなく尻尾をつまんで、がぶりと齧った。…なんだ、しっぽはご丁寧に残すタイプなんだな。


「がはは!!俺に食われて、俺のうんことなって排出され、気持ち良く流されるがいい!!」


このおっさん、いつも見境なくガツガツ食っててさあ、いっつも腹壊してんだよね。こいつに食われたところで、こいつの体を構築する養分にもならず一瞬で不健康なうんこになって流されるのは目に見えてるよ。…無駄というか、贅沢?な食い方するなあ…。これが、飽食時代の弊害か。


「やあやあ、あんまり食が進みませんか。」


マッチョな兄ちゃんが僕に声をかけてきた。手に持つ皿の上には…えらくストイックな魂が乗ってるな、腹筋してるぞ…。


「そうですね、せっかく食べるなら、良いのを一つ、二つ食べたいと思ってて。…僕は美食家というか…魂は大切に食べたいと思っていてね。」


さりげなく、食い散らかしてるおっさんに目をやる。マッチョ兄ちゃんも、少々呆れておっさんを見ている。


「あんまり粗雑な魂を乱暴に食べちゃうと未消化で出てきちゃうからよくないんだよ、本来はね。」

「良いものも吸収できなくなっちゃうでしょう、おなかを壊しちゃうと。」


魂を食べる僕らの体は、魂の養分…善行や素敵な思い出、愛なんかでできてるんだ。魂に蓄積されてるそういうものを、きちんと消化して吸収し、自分の体を維持していく、そういう理の中で僕らは活動している。


「まあねえ、最近の重い魂増加の影響もあるだろうね、こんなに食べないといけない魂があふれてるんじゃ、仕方のない事なのかもしれない。あの人はある意味、功労者でもあるんだと思うよ。」

「はあ…そうですね、僕も貢献、しないとなあ…。」


僕は意を決して、テーブルの上にある動かない貧弱な魂を一つさらに乗せると、マヨネーズをたっぷりかけて、しっぽごとまるかじりした。


じゃり、じゃり、じゃり・・・


うう、歯触りが非常に宜しくない。砂をかむような食感。しょっぱいな、ああ、でも時折ふわりと甘さも感じる。これは…恋に憧れるものの勇気が出せず、苦い思いで幸せそうなカップルを見て涙を流しつつ、にっこり微笑んで幸せを願って寂しく人生を終えた魂か。…口に入れると、魂の全貌が浮かんでくる。


次は勇気をもって生まれてくるといいな。…僕の中で、願いが生まれた。願いはへそから飛び出して…小さな種になった。僕は、種を会場入り口付近の種係に手渡す。


「ありがとうございます!…いい種ですね、きっとぷりぷりの魂になりますよ!!」

「はは、なるといいですね。」


僕が種を手渡しで移動をしようとしたら、さっきの暴食のおっさんがやってきた。…うわ、めっちゃ種持ってる!!


「おーい、種持ってきたよ!!全部入れていい?」

「ちょ!!貧弱すぎですよ!!こんなんじゃ育たないかもしれないじゃないですか!!ちゃんと願ったんですか?!」


おっさんは憤慨した様子で、たくさんある種の説明を始めたが…。


「願ったよ!!こいつは顔良くなれって思ったし、こいつは適当な性格になれって思っただろ、こいつは女好きになれって思ったし、こいつは…」


ダメだ!!全然気持ちがこもってない!!完全やっつけ仕事だ。散々食ってこの仕事内容?!そりゃぶよぶよと醜い体になってくわけだよ。込めなきゃいけない願いが体に蓄積されて膨張してるんだ、このおっさん!!


「…あ、ヤベ。なんか腹痛くなってきちゃった!トイレどこ!!これ、種ね!!ひー漏れる漏れる―!!」

「ああー!ちょっとー!!」


種係が困惑している。貧弱な種を箱に詰めつつ、種係が盛大に愚痴っている。


「こんなんじゃまた不出来な魂が生まれちゃって、まーたここで食われる事になるだけじゃん…!!!」


なるほど、こうしてまた有り余るほどの魂がここに来るようになるわけか。飽食時代も末期になるとカオスだな…。


僕らは魂を食べる専門家。


天に昇れない重たい魂を僕らは食べる。

悪魔が刈ってきた重たい魂を、僕らが食べて消化して。


消化した残りかすは水に流され、魂畑に撒かれて、新しい魂をはぐくむ。

新しく生まれた無垢な魂は天使が収穫に来る。


ところがどうしてこのところ、魂食いの数に対して、刈られてくる魂の数が多すぎる。こっちは食べるのに必死だ。あまりにも有り余ってきちゃったもんだからさ、リヤカー配布ができなくなって、会場借りて食べ放題形式にせざるを得なくなってるんだ。…まあ、そのおかげで、知らない人とのコミュニケーションがとりやすくなったけどさあ。


「僕の食べた魂の記憶によると、人間界にはフードファイターなるものがいるそうですよ。無限に食べ物を食することができるとか。素晴らしいですね、そういう人がここにも現れるといいのに、ね。」


さっきのマッチョ兄ちゃんだ。ぷりぷりの種を差し出してる。…種係の人の機嫌が直ったみたいだ。良かったよかった。


「現れたところで、おなか壊してまた元の木阿弥ですよ…。」


げっそりして突っ込む僕に、種係がビンを差し出した。


「胃腸薬ありますよ!これ飲んで、ぜひもう一個お願いします!!!」


僕は断り切れなくて。

薬を一粒飲んで。


ぼり、ぼり、ぼり・・・


ああ、これはずいぶん骨ばった食感だ…歯ごたえ満点、顎関節症になりそうだ。噛んでも噛んでも飲み込めない。相当頭の固い…硬すぎる…思い込みで凝り固まった人生だったのか。次はプリンでも食ってみたらどうなんだ…甘味のかけらもない、ただ味気ないだけの歯ごたえね。願いはどうしようかな。


もぐ、もぐ、もぐ・・・


噛んでも噛んでも全然飲み込めないじゃないか。


むぐ、むぐ、むぐ・・・


もう、今日はこれでおしまいにしよう。

僕は決意を胸に、魂を飲み下した。


…しまった、おかしなことを決意したもんだから!!


ぷりっぷりの種に込められた願いは、柔軟な思考と自由な行動、そして、


まずい、これはもしや、人類を破綻させかねない魂になるのでは…?


「すみません、やらかしました、この種は処分した方がいいかも…。」


種係に僕の種を差し出すと。


「う!!これは確かに…あ!!さっきの貧弱な種を使いましょう!あれとかけ合わせれば何とかなるかも?」


僕の種に、さっきのおっさんの適当な願いが込められた種が掛け合わされて、ひとつの種になった。

こういう使い方もあるとはね。あのおっさんも役に立ってるのか、ふうん…。


僕の横をトイレから出てきたおっさんが通り抜けていって…また食べてるよ!!すごい食欲だ。

あれだけの食欲がある人が一人いれば、僕はもうがんばんなくていいよね。


よし、帰ろ。


僕は噛み疲れた顎をすりすりこすりながら、食べ放題会場をあとにした。

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