第39話 2111年~留めるもの②

 この街への到着以来、二体が見かけた人間は三パターン。

 アジア系黒髪、こげ茶もしくは黒の彩色。アフリカ系黒髪、ピンクやオレンジのメッシュを入れている者が五、六人。そして欧州系の地毛は多様のまま、色彩は灰色もしくは青の二極化。地色が緑でもコンタクトで変えているのが明らかな者もいた。人間としての自衛だと二体はすぐに察した。

 一方で二体はサングラスを着用するのみ。環境配慮技術が進んだ人間社会とはいえども、Oliveの裸眼には刺激が強すぎる。どんなコンタクト・レンズであっても、プラスチック製品には変わりないからだ。

 Pansyは人間との混血児であるため、プラスチック製品には多少抵抗力がある。それでも他者に裸眼を晒すわけにはいかない。それに加えてPansyには欧州系の血も流れている。もはやアジア系の血の方が薄く、裸眼は日光に永く晒せない。

 いずれにせよ、Pansyにもサングラスが欠かせない。二体はヨーロッパの杜を出て最初の人間社会で購入した。

 サングラス着用に慣れていないOliveはときどき、人目を盗んで裸眼の風通しをする。この瞬間も、Oliveは確かに安全を確認していた。

 急ぐ、ではなく慌てる方の意味で落ち着きのない通行人が自転車で坂を下ってきた。

 通行人が倒れたところでOliveが腕を差し出し、強制的に受け身体制を取らせた。Oliveはまだサングラスを着用しなおしていなく、至近距離でもえぎ色の色彩を見られてしまった。

「変なか色……バケモノば完全に駆除しとったってのは、政府の嘘やったとか! 信じられん!」

 二体には人間の話し言葉が通じなかった。未だ残る方言であればなおさら。それでも敵だと認識するには十分だった。

「カネにしてやる! そいで毎日毎日節約せんば生活なんて卒業だ! もう坂道を自転車で移動せんぞ!」

 色めき立った人間は、捨てるつもりの自転車をOliveに目がけて振った。

 Oliveは左足で自転車を受け止めた。

「我々の脚力を知らず、よくも排除できたものだな、人間は」

 Oliveの背後には野次馬の人間が集まっていた。画具を片付けたPansyに向かって叫んだ。

「俺がやつらを引きつけます。その隙に! 貴女なら必ず逃げ切れます。ご自身の脚力を信じて!」

 しかしPansyはヨーロッパの杜を抜け切って以来、一度も全力で走っていない。当時は無我夢中で、自分の脚中を巡るエネルギーを感じ取る余裕がなかった。その上、次期グリーン・ムーンストーン最終候補として覚醒すらしていない。

 画材を抱えてのスタート・ダッシュが遅れたため、一人だけPansyは振り切ることができなかった。

「Pansy!」

 曲がり道や木々に遮られそうになるところを、男性が掴みかかった。男性が大きなリュック・サックを背負わずズボンのポケットに財布を入れていることから、地元住民だと見た。

 OliveはPansyの頭部に、Pansyは自分の画材に両腕をきつく絡めた。Pansyの頭上で鈍い音が鳴る直前、Oliveは木の根元を蹴り上げた。

 木の根を覆う貧相な土から蔓が生えて男性に巻きついた。OliveはPansyを力なく突き放した。

 ヒュッとPansyの喉が鳴った。

「俺を……燃や、せ」

 Oliveは男性を目がけて蔓を生やしただけではなかった。自分の両眼をも蔓で貫通していた。また色彩の判別がつかないどころか、Oliveは自分自身を無数の細い蔓で覆った。

 ガーディアンを父に持つOliveであれば血生臭いものも見慣れているが、PansyはAoiの遺体すら見ていなかった。大切な画材を抱えるも、足はすっかりすくんでしまった。


 そのとき、木々が揺れて木の葉がざわめいた。

 見上げると、大きな翼が空を覆っていた。

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