第34話 2110年―空の泡沫

「そうか、グリーン・ムーンストーンが」

 利矢は白金の顎髭あごひげを撫でた。人型の姿は皺とシミが皮膚の柄となり、頭髪はすべて抜けていた。

「しかも後継者がいない中での不幸です。同盟も、両族の混血者もいない今、我々ハナサキ族としては」

 璃寛Rikanは真顔で利矢の指示を仰いだ。璃寛はたとえ祖父がクリア・サンストーンでなくとも感情的にならない。

 常に、冷静に客観すること。父・八塩から教わったからだ。八塩は利矢直属の監視者だった。

「杜自体には何もしなくていい。璃寛、お前はわしに代わって次のクリア・サンストーンに相応しい者を見極めよ。その培った経験を最大限に活かせ。ただし、任務に就く前に、承和Sogaにも経験を継承するように」

「私の息子にですか」

 璃寛には、声すら抑揚が感じられなかった。対照的に利矢の呼吸が弱々しくも昂った。

「承和、そこにいるだろう。お前に任務を課す」

「はい、ここに。しかし曾お祖父さま。先にご自分が休まれた方がよろしいかと。だいぶお年を召されているんですから」

 承和もまた沈着な性格だが、真顔での皮肉は利矢でも息を吞むほどだった。

「だからだ。お前の言うとおり、わしもだいぶ年を取った。明日ぽっくり逝ってもおかしくない。だから今という瞬間を最大限に活かさなくては。グリーン・ムーンストーン亡き今、杜の結界が歪んでいるからなおさら。そこで承和」

 承和は玉座の隣に移り、利矢の背中を擦った。さりげない気遣いのおかげで、皮肉屋の承和はハナサキ族から嫌われることがなかった。

「お前はPansy……亡きグリーン・ムーンストーンと親しかったトビヒ族を追え。ただし直接関わるな。ただ行方を把握すればいい」

「そうやって、祖父の八塩から僕まで任務を受け継いだのですね。グリーン・ムーンストーンの監視役を、今代の僕には彼女と親しく身近だった者を。こういうの、曾お祖母さまは真意をご存じだったのですか」

「お前、さっきはわしに休めと言っておきながら……しかしお前の皮肉に驚いて逝くのも悪くない」

「で、ご自身の私情を見抜いていらしたのですか」

「多分な。莉良は何も言わなかったが、気づいてはいただろう。八塩が逝ってからは、萩も交えてわしの愚痴大会でもしておろう。あの世に逝ったら、わしは仲間外れにされるかもしれん」

「でしたら僕もいつか、曾お祖母さまに加担しなくては」

 承和のえんじ色の色彩が輝いた。利矢は肩を弱々しくすくめた。

「まったく、お前の口減らずは誰に似たんだか」

「曾お祖父さまも。さて、もう準備した方がいいですよね? Pansyは杜に馴染んでおりませんでしたし、いつ人間の世界へ飛び込むか分かりません」

「そうだな。わしも眠くなった。ちと休もうかの……承和、璃寛、あとは頼んだぞ」

 玉座を包む雲が淡く柔らかくなった。

「承和」

 璃寛に続いて、承和も立ち上が玉座から離れた。

「忙しさで心を乱すなよ」

「もちろんです、父上」

 二体のハナサキ族には、身内を弔う間もなかった。


 その後、新たなクリア・サンストーンの翼腕よくわんによって、ハナサキ族の安寧は永く続いた。

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