リリスとバース
どうやらボンボン貴族(弟)は、自分の身体強化魔術の拙さに気付いたらしい。
それからというものテッドは、あまり魔術を使わずにウサギのようにピョンピョンと飛びかけて追いかけてくる。
ふむ。
これは少し驚いたな。
人間、誰にでも長所の1つくらいはあるということだろうか。
テッドの場合、魔術の才能があるようには見えないし、顔立ちだってお世辞にも整っているとは言えない。
おまけに頭が悪い。
子供だということを差し引いても、全く知性の欠片を感じられない。
が、しかしだ。
どういうわけか『体力』に関してだけは『それなり』のレベルがあるようだ。
子供ながらにして、ここまで諦めないで追いかけてきたことに関しては一定の評価を下さなければなるまい。
「ぜぇ……ぜぇ……。ど、どうしてお前はそんなに平然としていられるんだよー!?」
そりゃお前、普通の子供とは鍛え方が違うからな。
本気を出した俺のスピードについてこられる魔術師は200年前にもいなかった。
せいぜい風の勇者ロイが少しだけ善戦できるかもしれない、というレベルである。
「日没までまだまだ時間があるが、諦めるか?」
「くっ、そぉー! こんにゃろっ!」
テッドは俺のマフラーに向かって真っすぐ手を伸ばしてきた。
遅い。遅すぎる。
フェイント抜きの直線攻撃が俺に届くわけがない。
べしっと片手で弾いて一歩だけ後ろに下がる。
「うぎゃああああ! もうダメだ! これ以上は……ダメだ……!」
奇声を上げたテッドは、バタリとうつ伏せに倒れた。
ふむ。テッドの限界はこの辺りか。
正直、長くても5分で限界くらいに思っていたのだが、20分くらいは粘っていたんじゃないか。
これは意外な結果である。
腐っても貴族と言ったところか。
おそらく普段からそれなりに体力作りの基礎トレーニングは積んでいたのだろう。
「お、覚えてやがれ……! 何時か……! 何時か必ず……!」
いずれにせよテッドは既にギブアップのようである。
仕方がない。
そろそろ運動を切り上げて書庫に戻るとするか。
クルリと踵を返した俺が家に戻ろうした直後であった。
んん?
アレはなんだろう?
屋根の上から景色を見渡すと、お隣さん家の大豪邸の中で見知った人物たちの姿を確認することができた。
「バース、だったか。あの子供は」
ボンボン貴族(兄)、バースが何やらリリスと話しているようだ。
何を喋っているんだ? 気になるな。
身体強化魔術発動、聴力強化。
キーンと耳が僅かに鳴ってから、音がやたら鮮明に聞こえてくる。
範囲変更、極小規模。
昔はこれでよく敵陣の作戦とか聞き耳立てたな、とか思い返しつつ、二人の会話が聞こえて来た。
「……ですから。何度も言っています。ワタシはバース様とお付き合いできません」
ふむ。何やら修羅場のようである。
しかし。そうか。
まぁ、リリスはかなり美人になったもんな。
澄ました顔をしているがバースも年頃の男子である。
リリスのような美人が近くで働いていれば、変な気を起こしてしまうのも無理のない話だろう。
「何が不満なんだ! このボクの!」
強いて言うなら、そういう態度じゃないのかな、と内心でツッコミを入れつつも、少しだけ同情する。
子供とはいえ、女に袖にされるのは、辛いだろう。
バースのようなプライドの高い貴族にとっては尚更である。
「いいえ。不満と言いますか、それ以前の問題なのです。ワタシには既に心に決めた人がいますので」
「……あの、アベルとかいう男のことか?」
「はい。そういうことです。とにかく申し訳ありませんが、バース様とお付き合いは考えておりません。諦めて下さい」
そういや最近、雑学に関する本で読んだな。
好きでもない男に言い寄られた時ほど女が残酷になる瞬間はない、と。まさに今はそういう状況のような気がする。
「ち、血の繋がった弟に恋をしているなんて! キミは不潔だ! 恥を知るが良い!」
そう叫んで、袖にされたバースは涙目で敗走していた。
あー、うん。
別に俺はリリスの弟というわけではないのだが、そういう設定にした方が辻褄を合わせやすかったのだろう。
リリスも少し困った顔を浮かべてから仕事に戻って行った。
さて。
この一件は、見なかったことにして極力忘れておこう。
俺も体を動かす時間のようだ。振り返らなくても分かる。
「グレート・テッド・キーック!」
技名を叫びながらドロップキックしてきたテッドをひょいと躱す。
「クソッ! な、なんで今の攻撃が避けられるんだよーっ!?」
ボンボン貴族(弟)の行動は、目を瞑っていても完璧に把握できる。
俺の背後を取りたければ、まずは気配の消し方を覚えるところから始めなければならないだろう。
「ぐぼえっ。ダ、ダメだ……! もう限界……」
結局、その一撃がテッドにとっての最後の攻撃となった。
全身の魔力を使い果たしたテッドは白目を剥いたまま気絶することになる。
失敗したか?
初日から少しハードに飛ばし過ぎたかもしれない。
などと思っていたのだが、意外にもボンボン貴族(弟)は、この遊びが気に入ったらしい。
結果としてその翌日から、俺とボンボン貴族(弟)の鬼ごっこは日課として続いて行くことになる。
俺としても読書ばかりではなく体を動かすことも訓練の一環。
都合の良い気晴らしの相手ができたとも言えた。
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