4. 異界

しばらく森を歩いていると、彼が足を止める。


「...くるよ」


次の瞬間、私たち目掛けて上から何かが降ってくる。槍状のそれは足元の地面へと深々と突き刺さり、そして瞬く間に消えてしまった。


そして私は気づく。

地面の土が綺麗にことに。


初めからこの世界になかったように、ポッカリと穴が空いている。それを見た私は、あの黒い何かに触れちゃいけないと本能的に感じた。



そして堪らず上を見あげる。

木の枝、その上に立つ少女は黒い髪をしていた。獣の衣を身に纏い、手には先程の黒い何かを握っている、さながら森の使者とでも言うべき姿。


「去ね」


ただ一言そう言い残し、少女は黒い槍を***に向けて放つ。彼はそれを避けると、急いで近くにあった木へと触れた。


突然なんの変哲もなかった木の幹が膨張を繰り返し、分裂を始める。そして誕生したのは木でできた狼、だけど意志を持ってるようにも見える。


「さぁいけ」


そう言うと、狼は少女目掛けて一目散に駆け出す。未知を近寄らせまいと少女が黒い矢を放つものの、狼は軽い身のこなしでその全てを避けていった。


「...ッチ」


現状が劣勢と判断した少女は森の奥へと逃げていく。少女を追う狼を、私たちは更に追いかけることになった。



「どうやら彼女、相当この森にご執心らしい。堕ちてから今の今まで、ずっとこの森で暮らしてる」


森の中へ、どんどんと奥深くへと潜っていく。周りが暗くなり、次第に視界が悪くなるのを感じる...なにか誘い込まれてるような気がしてならない。


「なにかキッカケがあったってこと?」


私の横を走るノラがそう聞く。


「あるにはあるんだけど...これは相当堪えるな...」


突然、木の上から狼が私たちの目の前へと落ちてくる。受け身も取らず落ちた狼は、それ以降ピクリとも動かなかった。


猪口才ちょこざいな真似をしよって、小賢しい...!」


怒りを顕にした少女に目もくれず、彼は再び近くの木へと触れる。


すると少女の立つ木から触手が生え、少女を捕らえんと手を伸ばす。いや...この木だけじゃない、彼女を捕らえようとしていた。


「!?」


少女はあらゆる手を尽くして魔の手を逃れたものの、堪らず地面へと落ちてくる。


「諦めなよ」


先程の狼や触手との傷が目立つ少女に投降を促す。彼は一歩一歩確実に距離を詰める、少女はその間何をするでもなくこちらを睨みつけていた。


「君が何のために戦うのか興味無いけどさ。それって...」


「っ!」


突然なにかに気づいた彼は後ろに仰け反ろうとする。瞬間、地面から何本かの黒い杭が現れ、彼の右足を突き刺した。



でも大丈夫、瞬きをすれば彼の傷は綺麗さっぱり消えてるはずだ。


いつもそう。

私の心配なんて必要ないくらいに、彼は危機をのらりくらりと躱していく。



...っえ?


...」


そうして目の前の光景が理解できないまま、状況だけが進んでいく。


「去ね! 疾く去ね!」


「この森を汚す害虫めが! ワシが尽く消してやる!」



あれは...幕?

黒い幕が突如として現れ、私たちを包みこむ。光すらも通さない純粋な黒い幕、その中にいる私たちは何も見えない状態だった。


「ねぇ! みんな無事!?」


「これは...」


「絶対ヤバい! 私の勘がそう言ってる! 最悪私が『生贄』の力で...」



『阻害』も効き目が無いように見える。

いや、むしろ『阻害』を使ってコレなのか?


最悪、冷や汗が止まらない。

この先からは、私が死ぬ予感が匂う。




**************************************



「...昨日の新型コロナ感染者は都内だけでも2000人を超え、都知事は今日にも緊急事態宣言を出すよう政府に求めるようです」


「続いてのニュースです...」



――ねえ、何あれ?


――こんな日にコスプレかよ。ていうかあの子可愛くね? ストーリー載せるわ。


――なんか武器持ってない? 通報しようかな...。



急に視界が晴れた...。

『異界』の力でどこかに飛ばされたんだ、早く何処か確認しないと。


「え?」


なにここ...全く分からない。

見たことのない建造物の数々、たくさんの人が得体の知れない物をこちらに向けてるのが分かる。その光景を見た瞬間、私の身体には純粋な恐怖が駆け巡っていた。


「はははHAはははははhaはははは! 面白い! だからこの世界が大好きなんだ!」


不気味に笑いだす彼に縋るように、私は質問する。


「ねえ***! ここはどこなの!?」


私たちを見てどよめく民衆を他所に、彼は笑みを浮かべながらも答える。


「君たちの世界では、転移者たちから見れば、『異界』の力は想像以上に面白いらしい」






ここは、渋谷だ。


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