第54話
水瀬がいないまま町を歩くのは久しぶりであって、何やら自身の横が心もとなく感じてしまうほどに、水瀬に毒されていたかと思うと複雑な心境であった。
くっつかれて暑いこともなければ、迷子になられて困るわけでもないので、本当はいないほうが快適に散歩ができるはずだ。なのに、なんとも釈然としない気分に陥ってしまった。
特に行く当ても決めておらず、さらに言えば今は河童に会いたくもなく、そして金ぴかの大仏様にはもっと会いたくない。そのため進路変更をして商店街を抜け、歴史ある町並みが勢ぞろいするほうへと足を伸ばした。
この辺りは木造の家も多く、軒先には身代わり
何とものどかな雰囲気に、ささくれ立った心はゆっくりと平穏を取り戻していくことができたのは、やはりこの周辺界隈の、なんとも言えない独特の雰囲気によるものが大きい。
素晴らしくのんびりな時が流れているこの辺りを、ゆっくりと散歩することはめったにない。気がつけば昔とほとんど変わらないと思っていた町並みは、ところどころが新しくなり、見たこともないお店になっていたり、こじゃれた雰囲気のカフェになっていたりと、その変貌っぷりに驚きを隠せない。
狭い路地を抜けてお店を探す楽しさは、観光客には絶大な人気を誇っているようだ。携帯電話の画面を見たり、地図を広げながら歩く明らかにローカル民ではない人々を横目に見ながら、俺はただただぷうらぷうらと歩いていた。
喉が渇いたなと思った矢先に現れた、〈ラムネ〉の文字にごくりと喉が鳴り、そこで一休みしようと思ったところで目の前に飛び込んできたのは、世界遺産にも登録された
キンキンに冷えたラムネを飲み干して、日陰で休みながらお寺さんの入り口をじっと見ていると、観光客がどんどんと吸い込まれて行くのが見える。
それでも平日であるせいか、人は休みの日に比べるとだいぶまばらで、店先の風鈴がチリンと鳴る音を聞きながら、セミの大合唱にああ夏だななどと思いをはせたのであった。
しばらくずっとそこで休み、そして暑いのでやっぱり家に帰ろうかと思っていると、元興寺の門のところから、ぬう、と何かが覗いてきた。
思わず俺が驚いてびくりと身体を震わせると、門から半分だけ顔を覗かせて、その鬼は俺の方をじっと見つめていた。そんな俺の視線をくみ取ったのか、じっとりと見てくると、ごほんと咳払いをする。
『――鬼やないで』
明らかにそう聞こえてきて、俺はまたもや一人で奇怪な表情をしたものだから、向かいに座っていた老夫婦が、俺のことを怪しい魔物か何かであると勘違いし、そそくさと退散していったのであった。
魔物は俺の方ではなく、あの鬼のほうだと言いたい。しかし、それを言ったところで通報されても困るので、俺は何とも言えない気分で、鬼じゃないと言い張る胡散臭い鬼を見つめた。
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