第51話
大変気持ちの良いお天気の中、俺と水瀬は軽装で若草山へと向かった。昼間に登ると暑いので、なるべく朝早くの涼しい時間にと、俺たちが集合したのは八時すぎで、バスではなくて徒歩で山へと向かって歩く。
まだ早い時間の鹿たちは、おやつのせんべいに満足していないために、早朝の鹿せんべいやりは危険である。ともすれば手まで食われかねない勢いでがっつかれて、〇.二秒後には購入したのが幻かウソだったのではと思うほどの瞬殺っぷりでせんべいが無くなる。
そんな事を力説しながら道を歩き、砂かけばばあと雪女の具合をちょこっとばかし見つつも、向かう先は若草山だ。
果たして水瀬が見たいと言った妖怪、〈一本だたら〉と会えるかどうかは謎ではある。だが、とにかく山に行けば絶対に会えると、信じて疑わない彼女の言いなりになり、むしろ程よく言いくるめられた感満載の気持ちのまま、北の入り口へと辿り着いた。
そこから登山のスタートなわけだが、はっきり言えば登山というよりかはハイキングに近い。原始林側から登る方がよっぽど登山感があるのだが、整備された道をゆっくりゆっくりと登るのはなかなかに気持ちがよい。
気分も晴れやかになるはずなのだが、なにせ、隣にいるのが稀代の奇人である水瀬雪であったために、永遠に妖怪の話をされて、すがすがしい気分を通り越してもはやおどろおどろしい気分である。
「だからね、南部の山岳部にいるはずなんだけど、若草山だって山じゃない?」
「あのなあ、南部の山と若草山はなんというか、山そもそもの種類が違う気がするんだけど……」
都会育ちの水瀬にとって、山と名前がつくものはすべてが同じく同等な規模の山だと認識しているようだが、この若草山のようにきれいに整備されているハイキング気分で行けるものだけが山なのではない。南部の山岳部は、山岳部と言われるほどにどえらい山だったりする。
特に、会いたい会いたいと言っている一本だたらに関しては、修験道として栄えた山奥に出没するということだ。こんな町中にある山にいるもんかと、半分相手にしないでいたまま山頂についたのだったが、まさかの山頂のベンチに妖怪が腰かけていたものだから、俺の方がビックリ仰天してしまって舌をまいた。恐るべし、かの妖怪本である。
水瀬にいるのかいないのかを問われた俺は、半ばむっとしながらベンチに座っていることを告げると、隣に座りたいと言い出したのでどうぞと促す。
「人を喰うらしいからな、喰われるなよ」
そう釘をさすと、水瀬は睨み返してきた。
「それは冬の一部の間だけって書いてあるもの、夏は食べないわよ!」
「さーて、どうかなー」
俺が意地悪にそう言うと、水瀬はやっぱりほんの少し恐怖心を覚えたのか、俺の手を引っ張って、握ったままでベンチに腰掛けたのが面白い。つい俺はくすくすと笑ってしまった。
水瀬は納得いかない顔を向けていたのだが、隣にその妖怪がいると思うと胸が高鳴るのか、白い頬を上気させて嬉しそうにしながら景色を眺めていた。
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