第29話

「あー水瀬には伝えておきますけど。そのために呼び出したんでしょうか?」


『ちゃうちゃう! 今のはついでや。本当はね、君にお願いがあってなぁ……』


 大仏様が人間に頼みがあるとは一体どういうことだと、俺が複雑怪奇な顔をしていると、『おっほん』とかしこまったようにわざとらしい咳払いをした。


『では辻飛鳥よ』


「いやいや、いまさらおごそかぶったって遅いんですけど」


『やったらいつもの感じでね』


「変わり身早すぎる!」


 大仏様へのツッコミに、俺は正直心臓が息切れしそうになった。ナイーブな我が心臓は、すでにズタボロである。


『えっとなぁ、すごく言いにくいんやけど、僕、あんこが好きやねん……あんこ、あの甘く煮た小豆や、おいしいやろ?』


「えっと、ごめんなさい、なにを言って……」


『草餅食べたい』


「――は?」


 俺はおそらく、人生で一番阿呆っぽい顔をしたと自負する。


『草餅食べたい。草餅! 草餅食べたいねん!』


「駄々をこねるな! 大仏様なのに!」


『えーだって、食べられへんのやもん。僕も忙しくってさ、今だってめちゃくちゃ忙しいけど、こうして人々のお願いを、いつまでーも聞いてるわけや、たまには僕だって草餅食べたいねん。我がまま言わして!』


「……いくつですか?」


『年齢は内緒や……せやのうて、個数な。そんな顔せんでもええやん、のり悪いなぁ。ほんまに関西人? ええと、まずは十個ね。今夜行くから、窓際においといて。楽しみやわぁ、精が出るわぁ! もしお供え忘れたら、そん時は……』


「忘れませんから……ていうか、まず? 次があると?」


『よっしゃ! じゃあ、帝釈天さんめっちゃ怒ってはるから僕行くね! ほなまた!』


 俺はもはや泣きそうになりながら水瀬を見た。まさか、草餅食べたいで呼び出してくるとは、恐るべし大仏パワーである。


「ずいぶん楽しそうにしていたわね。どうだったの、大仏様とのお話は? やっぱりありがたいお話だったわけ?」


「あーあーもう、そりゃあもう、めちゃくちゃにありがたいあんこのお話でしたよ! まったくなんで俺ばっか!」


 ぷりぷりと怒って、俺は河童用の草餅を大仏池にいた河童に放り投げると、その足でもう一度草餅十個を購入しに行った。


 あんこ入りの草餅のあんこ抜きでと注文してやろうかと思ったが、あいにくそんなものはないわけで、仕方なく草餅を買って帰ったわけだ。大仏様が欲しがったということで、水瀬はなぜか連泊すると言い張って、もちろんのその主張に俺が敵うわけもなく、またもや俺の家に水瀬は転がり込んだわけである。


 そして夜に窓際に置いておいた草餅が、翌朝には無くなっていて、引いた覚えのないおみくじが一枚ぺらりと置いてあっり、そこには大吉と書いてあった。ついでに、万事うまく行くと述べられている。


 大仏様からもらったおみくじを、水瀬が大事に持ち帰っていく。まあこんな日常が万事うまくいっているということなのだったら、この国はなんて平和なのだろう。そんなことを思いながら、俺は長かった二日間を無事に終えることができたのであった。

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