第8話

「ところで、河童に会いに行くんでいいんだよな?」


「他にも妖怪っていっぱいいるわけ?」


 二人で並んで歩きだしながら、はたから見てもどうも違和感のぬぐえない二人に見えているのを実感する。俺は伊達眼鏡に伸びっぱなしのもさい髪型で、水瀬は清楚なお嬢様といういで立ちであり、明らかに魂レベルでの差を見せつけられているような気分である。


 そんな俺たち、特に水瀬に向かって、明らかに下賤な視線を送ってくるどうしようもなく見る目のない輩たちに、こんなのと恋したらまともに成仏できないぞという警告の念を、老婆心ながら一応送っておく。


「あちこちいるさ。隠れてるけどな」


「なんで飛鳥に見えて、私に見えないんだろう。私の方が絶対仲良くなれるはずなのに」


「握力が強すぎる人間には妖怪が見えないんだよきっと」


 冗談でそう伝えるとものすごい睨まれてしまったのだが、ちょっとの冗談くらい分かる心の余裕を持ちたまえと俺は眉を上げただけに留めた。


「河童は浮見堂にいるの?」


「だいたい浮見堂の池にいるけど、たまに猿沢池にいたり、なんでか大仏池に行っていたり、とりあえず淡水のところ。あ、奈良博の前の池で、鯉に齧られてめそめそ泣いていた時もあった。阿保だからなあいつ」


 何それ可愛い、と水瀬が思わず微笑んだ。可愛いのはお前の方だ水瀬、と言われたいがための笑顔なのではないかと思うほどの破壊力のある笑顔である。誠実で下心の一片もない俺だから耐えられたようなもので、世界中の多くの男どもであれば、間違いなくハートを貫かれていたに違いない。


「河童は一匹しかいないの?」


「俺じゃなくてあのクソ河童に聞いてくれよ」


 普段はどうもつんけんしている水瀬は、妖怪の事になるとことごとくしつこいくらいに聞いてくる。しかし、俺は妖怪が見えて話ができるだけであって、あいつらの生体博士でもなければ、水木しげる先生でもないので、答えに詰まることが多い。それにいつも水瀬は不貞腐れたような顔をするのだが、変に知ったかぶりをするよりはましだと思っている。


 〈妖研〉勃発ならぬ、サークルとして始動後、顧問は古典の教授となったのだが、こちらこそ古本か屏風から抜け出てきたような爺さんで、下手すれば妖怪と言われたところで百人が納得できるような容姿であった。


 教授が風邪をこじらせた時があり、妙ににおうなと思って見たら、首元に長ネギを巻き付けて、マフラーでぐるぐる巻きにしていたのだから天晴であるが、正直、どう接していいのか理解に苦しむ。


 もちろん、顧問に据えられただけで、特に活動に顔を出すこともないので、今のところは俺と水瀬の二人きりの活動となっている。


 そんな静かなサークルの部屋で、もちろん俺はやることもないので静かに読書をするか課題をするつもりでいたのだが、それを水瀬が許すはずもなく、警察官も真っ青になるような取り調べが行われていたのは、つい先週のことだった。

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