第19話 おやすみ

 中を覗くと、ちょうど体を拭いているところだった。




 「この前のお返しだから」




 なんの整合性もない言い訳だったが、この際そんなことはどうでもいい。お兄ちゃんが、特に何かを言うわけでもなくただいつも通りに作業をしていることに、私は無性に腹が立った。




 後ろの方から理子の声が聞こえる。それを受けてか私の顔を見てか、お兄ちゃんは察したように「酒を飲んだのか?」と言った。




 ただ呆れたように私を見て、そして優しく笑った。お酒が回ってきたのか、もうまともにモノを考えられない。その表情に、我慢が出来ない。




 「お兄ちゃん、大好き」




 そういって、抱き着いた。……と思っていたのだが、実際には私が体で壁際にお兄ちゃんを押しこんだだけであった。しかも表情を見ればわかるけど、確実に私の思いは伝わっていない。それどころか何を飲んだのかなどと心底どうでもいいことを訊いてきたから、私はふてくされて「わかんない」と答えた。




 お兄ちゃんは服を着て、先にリビングへ戻った。私はしばらくの間天井を見上げていたが、思い直して立ち上がり、あとを追う。




 お兄ちゃんは私たちが広げたお菓子やグラスを片付けていた。なんとなく邪魔がしたくなって、後ろから抱き着いた。……これは所謂、ダル絡みと言うものなのではないだろうか?お酒を飲むと泣いたり笑ったり怒ったりする人がいると聞く。きっとその延長線上にあるのが、今の私だ。




 だからと言って、もう自制が効かない。それどころか、自覚するとどんどんお兄ちゃんを困らせたくなってきてしまう。そうすれば、もっと私を見てくれるような気がしたから。




 「酔ってる」




 言い聞かせる。




 「酔ってるんだよ~」




 他の誰でもない自分に。




 自分の心臓の音以外、もう何も聞こえなかった。体と感覚が離れ離れになって、それぞれが好きなことをやっている。頭を撫でられていることに気が付いて、私はもっと強くお兄ちゃんに抱き着いた。




 ……。




 しばらくの間引っ付いていたのは覚えてる。ただ気が付くともう昼近くでで、私はお兄ちゃんの部屋にいた。おぼろげに覚えているのは、私を抱えて運んできてくれたこと。「おやすみ」と笑ってくれたこと。




 「おはよう~」




 見事に三人、同じタイミングで目が覚めた。




 顔を洗って歯を磨いて。用意してあった朝ごはんを食べてから、私たちは理子の家に向かった。




 「真琴と夢子の家ときたら、最後はやっぱり私の家も泊まらないと不公平」




 理屈はよくわからないが筋は通った主張だと思った。だから別に誰も反対はせず、自然と足が運んだ。




 その日の夜、私たちはまたお酒を飲んだ。今度は缶酎ハイだった。ダイヤモンドカットの加工が施された独特の形をした缶。テレビCMでもよく見かける有名な商品だ。




 おつまみはコンビニで買ってきたお菓子。理子のお姉さんが家にいたから、理子の部屋で大人しく飲むことにした。ちなみに、今日も飲む理由は、色々と試さずにまずいと決めつけるはよくないと思ったからだ。(そもそも法律に触れていることに関しては見逃してほしい)




 二回目だからか、特に抵抗はなかった。それどころか昨日とは違うフルーティな香りが楽しみを煽った。




 「かんぱ~い」




 三人で一斉に口にする。




 「これジュースじゃん」




 「すごくおいしい。甘いね」




 「これなら酔わなそうだね」




 ウィスキーから評価は一転。炭酸の口当たりの良さも相まって、私たちはあっという間に一本を飲み干すと、残りのもう一本に手を伸ばした。




 その時だった。




 「ねえ。ちょっとうるさいよ」




 理子のお姉さんだ。顔がとても小さくて、メガネをかけている。理子と似た顔付だが、その切れの長い瞳はかなり色気のある雰囲気を漂わせていた。




 「あ、お姉ちゃん」




 三人で顔を合わせ、瞬きを三回。どうやら自分たちが思っている程静かにできていなかったらしい。これで分かったことがある。私たちにお酒はまだ早い。オトナになるまではもう飲まないようにと、心の中で誓った。




 「全く。あなたたち酒なんて飲んでるんじゃないわよ」




 腰に手を当ててお姉さんが言う。現場をみれば私たちが何をしていたのかは一目瞭然だった。




 「ごめんなさい」




 言葉は素直に出た。もともと悪いことをやっている自覚はあったから。




 「わかってると思うけど、二十歳にならなきゃダメって言われてるのには理由があるの。あなたたちもそれくらいはわかるわよね?」




 「……はい」




 ことごとく三人で声が揃う。




 「別に他の子たちが飲んでてもどうだっていいけど、あなたたちだから言うの。これは危ないんだよ。心配なの。だから注意するの。わかるよね?」




 それを聞いて私は思った。それならば、なぜ昨日お兄ちゃんは私たちを叱らなかったのだろうか、と。

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