第220話 魔剣襲来


 ロマリア神聖法国はもはや完全に魔族の手中にあった。


 内部の人間すべてが魔族に入れ替わったわけではない。

 

 むしろいまだに人族が大多数を占めており、少なくとも表向きはこれまでと変わらず世界最大宗教の宗主国として体裁を保っている。


 だが教会が誇る最高戦力たる十三聖剣がほぼ影武者に入れ替わったいま、その中枢は古より生きる魔族リリアン・アンドラスによってほぼ掌握されていた。狼人ソフィアに黒い衝動と力を植え付け、コッコロに〈神聖騎士〉暗殺を命じた女魔族だ。

 

 表向きには大神官の役職に就き、実質的に教会の全権を掌握した人外。


 そんな彼女は半ば独り言のように、隣を歩く人物へ告げる。


「魔王様を封じるこのロマリア神聖法国の地と、封印を維持強化するスペルマリア帝国地下。このふたつの要所を完全に押さえたいま、魔王様に一刻も早く復活していただくために最優先で準備すべきものがある。私はこれからその〝要〟の製造と配置にほとんどの時間を取られるだろう。いや既に空いた時間はすべてソレに注ぎ込んでいる」


 リリアン大神官は有無を言わさぬ声音で続ける。


「ゆえに雑事はすべて任せた。〈宣託の巫女〉の不在についての不信は誤魔化し、こちらを探る者がいれば早急に消せ。大きな混乱は好ましくないが、数人数十人程度のは簡単にもみ消せるからな」


 魔王復活をなによりも最優先とし、雑務は配下に任せる。

 リリアン大神官は確固たる意志を持ってそう断言していた。


 だがそうして魔王復活をなにより重視する一方――忘れてはならないことがある。


「魔王サマ復活とやらに全力なのはいいけどさぁ。は放っておいていいの?」

 

 それを指摘したのは、リリアン大神官の正体と目的を知りながら従う狂人、マーガレット・クリムゾンだ。


 二十歳という異例の若さで十三聖剣第二位まで上り詰めた天才聖騎士は飄々とした調子で凶悪な人外へ言葉を続ける。


「せっかくボクが〈神聖騎士〉に協力してる国や街の情報をコッコロから奪ってきたのに。気難しいと評判の〈牙王連邦〉と〈神聖騎士〉が対教会で手を組んでるってことは、あの〈宣託の巫女〉困ったちゃんも合流しちゃってる可能性も高いんでしょ ? でなきゃそうそう同盟なんて締結できないだろうし。放置しておくとまずいんじゃない?」


「無論、既に手は打っている」


 言ってリリアン大神官が目を向けたのは、大神殿内部にある広い中庭だった。

 

 リリアンの許可を得たものしか立ち入ることのできないその場所にいたのは――新たに補充された征伐隊だ。教会との繋がりがないとされる在野の 荒くれ者強者である。


 そして半ば意志を奪われたように整列する彼女らの手に握られていたのは――緩んだ魔王の封印から創り出された規格外の武器。


 男性よりも女性に強い適合を示す魔剣――およそ20本の鏖魔剣だ。


 それだけでも十分驚嘆に値する光景だが……なによりマーガレットの視線を引き寄せたのは別の者だった。


「へぇ、彼女が動くんだ」


 その視線の先にいたのは、恐ろしいほどの美貌を持つ1人の少女である。


 まだ〈ギフト〉を授かって数年に見える年頃。

 左右で白黒に分かれた特異な髪色と瞳が特徴的なその少女は、居並ぶ征伐隊になにやら回復魔法らしきものを施している。


 かと思えば――その少女は重い鎧を身に纏う征伐隊3人を片手で持ち上げた。次の瞬間、


「目標……〈牙王連邦〉首都……距離、方角よし……それじゃあ、よい、しょ……!」


 ドッッッッボオオオオオオオオオオオオン!


 大きく振りかぶった征伐隊3人をまとめて空にぶん投げる。

 それもただの投擲ではない。


 


 


 その〝砲撃〟による余波だけで広い中庭全体が大きく揺れ、リリアン大神官が施した隠蔽系の魔法さえ貫通して大神殿もまたビリビリと輪郭を震わせる。


 そしてそのあり得ない投擲は1度だけに留まらない。

 白黒の少女はほとんど表情も変えず、再び征伐隊を鷲づかみ。

 鏖魔剣を携えた彼ら彼女らを次から次へと空の彼方へぶん投げていった。


 行き先はもちろん、リリアン大神官が指定した罪深い街々である。


「さすがは。普段は会議にも顔を出さないのに、いざ動けばこれ以上なく派手だねぇ」


 その異常な光景を見下ろしていたマーガレットが楽しげに口角をつり上げる。


「なるほどね。こうやって〈神聖騎士〉や〈淫魔〉? とやらに協力する街から潰していくわけだ」

「ああ。だがそれだけではない」


 リリアン大神官はいっそ冷酷なまでの声音で答える。


「この地に満ちる人間どもの悲鳴や怨嗟は魔王様の力となる。鏖魔剣が量産できるようになったいま、人の地を荒らさない手はないからな。まあほかにも狙いはあるが――どう転んでも私たちの利となることは間違いない。すぐに貴様にも動いてもらうことになると思うが……まあいまは想像して楽しんでおけ。〈神聖騎士〉などに手を貸した連中の行く末をな」


 長く身体を蝕むムラムラを魔王様復活のため必死に我慢しながら――リリアン大神官は人外の笑みを浮かべた。 


      ●


 スペルマリア帝国の辺境に位置する城塞都市。

 普段は活気溢れるその街にはいま、破壊の轟音と逃げ惑う市民の悲鳴が木霊していた。


 そんななかで唯一狂喜の声をあげるのは、破壊の中心にいる2人の人影だ。


「はっははははははは! 雑魚しかいねえのかこの街は!」

「完全にハズレね。街一番の冒険者がこの程度なんて、いくら大きくても所詮は田舎か。ま、一方的に暴れられるのもそれはそれで気持ちいいけど」


 突如として空から飛来し、建物を吹き飛ばすように着弾したかと思えばとんでもない力で暴れ出した2人の荒々しい女。


 変幻自在の魔剣を一振りすれば複数の建物が崩壊し止めに入った冒険者が吹き飛んだ。

 既に街の一角は瓦礫と化しており、避難を促す〈音響魔導師〉の悲鳴じみた放送がひっきりなしに鳴り響く。


 そんななか、2人の厄災を前に絶望の表情を浮かべるのは、鎮圧に乗り出した冒険者パーティ〈大空の向日葵〉たちだった。

 

 全員がほぼ瀕死の重傷。

 自慢の武器二振りの鉄棍を易々と破壊されて膝を突く青髪の冒険者――レイニー・エメラルドは愕然と声を漏らした。


「なんなんですかあの魔剣は……!?」

 

 瞬時に形を変えてこちらに迫り、間一髪防いだと思えば一瞬の接触でとんでもない量の魔力を吸われる反則的な魔法武器。


 いま自分たちが生きているのはあの魔剣に魔力を吸わせるために手加減されたからにすぎない。次の瞬間には反応すらできない魔剣の攻撃が自分たちの命を刈り取るだろうことは明白で――。


(反撃しようにも、私たちの同時攻撃は完全に防がれ、魔導師の一斉砲撃も敵に魔力を渡すだけに終わった……こんなの、こんなのどうしようも……!?)


 明白な死の予感にレイニーの全身から血の気が引く。


「さて、そんじゃあ街の連中を全員叩っ切る前に、邪魔者から処分していくか」

「……っ!」

 

 せめて死ぬ前に全力で抱いても壊れない少年エリオールきゅんをドチャクソに犯したかった――迫る絶対的な結末に、レイニーの脳裏を走馬灯めいた願望が駆け巡った。



 

 レイニーが直面した災厄は、各地で一斉に花開いていた。


「雑魚どもの避難を優先させろ!」

「あいつらにこれ以上好き勝手させんな! ダンジョン崩壊んときに比べりゃマシだろ!」

「んなこといっても魔法も一斉攻撃も効果が――ぐおおおおおおおおおっ!?」

「ぎゃはははははは! 〝冒険者の街〟が情けないわねえ!?」


 ダンジョン都市サンクリッドに旅団幹部の怒号と悲鳴が響く。




「どうしようアクメリア!」

「どうしようイクメリア!」

「「あいつら魔弾が全然効かない!」」


「ああ!? あのぶんぶん飛んでる2人、十三聖剣じゃねえか!?」


〈牙王連邦〉の国境都市シールドアに火の手があがり、可憐な双子の困惑と裏切り者に驚く鏖魔剣使いの怒号が響く。




「鏖魔剣……! 以前戦ったときよりも力が増しているか……! 使い手の強さそのものはシグマとは比べるべくもないとはいえ、こうも数が揃うと手が付けられん……!」

「あっははははははは! 凄いねぇ凄いねぇ! この力さえあれば国一番の戦士も形無しだねぇ!」


 国家最強クラスのイリーナ獣騎士団長が一方的にやられて血反吐を吐き、復興直後に再度破壊された街並みに絶望が広がっていく。


 

 ――そしてその一斉同時襲撃は、すべての街と縁のある少年の脳裏に悲鳴とともに知らされていた。


「……っ!」


〈主従契約〉による遠隔念話。

 エルフの里で鏖魔剣を持つ3人の襲撃者と対峙したエリオの顔から血の気が引く。

 

 その様子を見て現状を察したコッコロが唇を噛んで声を漏らした。


「しくじった……! クソ……気を失う前にもっとちゃんと情報を伝えられてれば対策も取れたかもしれないのに……! それどころか私経由であんたらに協力してる街の情報を渡すことに……!」


 エリオとアリシアに協力的な街が襲撃されているのは、間違いなくマーガレット経由で魔族に情報が伝わったからだ。戦闘中にコッコロの心を読んで的確に襲撃すべき街を把握したのだろうマーガレットのユニークスキルにコッコロは顔を伏せる。


 エリオとアリシアが格段に強くなっているとは感じる。


〈現地妻〉というふざけたスキルを使えば、襲撃を受けている街にもすぐ駆けつけることが可能だろう。


 だがしかし……その反則的な力を持ってしなお、すべてを一瞬で救えるわけではない。


 いくらエリオとアリシアが強くなったとはいえ、今回の敵がシグマほどの使い手でないとはいえ、鏖魔剣の脅威は伊達ではないのだ。


 そのうえ複数の魔剣が各地に飛来しているとなれば、全員倒すのにどれだけの時間がかかるか。少なくとも、街の1つや2つ、人命の1000や2000の犠牲は覚悟しなければならない。


 それは教会魔族との戦いに向けて結束するうえで無視できない損害となることは間違いなかった。


 ゆえにコッコロは情報を伝えきれなかったことを悔やんでいたのだが、


「いや、十分だったよ」

「あ?」


 エリオは焦燥に顔を歪めながら、しかしコッコロの目を真っ直ぐ見て言う。

 コッコロは気休めかと一瞬疑った。だが、 


「教会側がここまでやってくるとはさすがに想定してなかったけど……コッコロとペペの残してくれた言葉から最悪の場合を想定して、準備は整えておいたんだ」


 エリオがそう断言した瞬間、


 ヴイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!


 凄まじい振動音がエルフの森に響き――続けてその震動に共振するするがごとく、魔剣の襲撃を受けた各地の街々でも同じ音が鳴り響いた。


 それはまるで、反撃の狼煙のように。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 もし淫魔追放がアニメ化したら勝ち確BGMは電マの振動音になります


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る