第140話 アイラの事情(後編)

「我が国は元々、複数の獣人種族が争いの果てに統一を見た戦士の国。ゆえに良くも悪くも〝力〟を重んじる気風があったんじゃが……その気風が呼び水になったんじゃろうな。ある日いきなり、我が国の裏社会に君臨していた大物――〝鬼神〟シグマが対立する犯罪組織どもをまとめあげ蜂起したんじゃ。利権を貪る怠惰な王侯貴族ではなく、泥を啜って生きてきた真の強者が国を治めるべきとな。裏社会に堕ちる者は体制に不満のある場合が多く、テロの機運はあっという間に膨れ上がった」


 幼い顔に憂いを浮かべつつアイラ女王は続ける。


「もちろん敵が〝力〟を標榜する以上、正面から叩き潰すまで。じゃがヤツら〈強王派〉はもともと国の裏で狡猾に暗躍してきた犯罪組織の集まり。ゲリラ戦は慣れたものでな。一斉に各地の民を襲われては儂らも守勢に回らざるを得んかった。……特に厄介なのが連中の頭である鬼神シグマ。ヤツの実力は、我が国最強の戦士イリーナ獣騎士団長とほぼ互角なんじゃよ」


「え……!?」


 テロ組織のボスが、コッコロよりも強そうだったイリーナ獣騎士団長と互角!?

 ギルドでは得られなかった情報に驚く僕らへ、アイラ女王は続ける。


「さらにシグマは普段、傘下の組織力を活かして巧妙に身を隠しておる。いつ王族を皆殺しに来るかわからん以上、王族護衛のイリーナ騎士団長たちにテロ組織殲滅を任せるのも難しかったんじゃ」


 想像を超える敵の脅威に言葉を失う。

 それは確かに国が苦戦して当たり前だ。 


「そしてなにより厄介なのは連中の資金力じゃ。〈異次元殻〉を使った今回のテロもそうであったように、希少な魔道具を多数所持しており尽きることがない。いくら国が流通と資金源を断とうとしても無駄。元々違法行為で稼いでいるような連中じゃから抜け道のノウハウも豊富じゃろうが……国を挙げて対策しても敵の規模は拡大する一方。となるとどこぞの仮想敵国から支援を受けていることは明白じゃった」

「……っ! それは……」


 そこまで聞けばアイラ女王の言いたいことはわかる。

 内乱組織の後ろ盾といえば、侵略を目論む隣国が定番。

 そしていま〈牙王連邦〉の侵略を企てる国といえば……。


「そう。教会の総本山、ロマリア神聖法国じゃ」


 僕の考えと同調するようにアイラ女王がその国の名を口にする。

 シスタークレアが「腐っている」と断言し、実際にアリシアの命を狙って刺客を送り込んできた国の名前を。


「つまり此度の騒ぎはただの内乱ではなく、〈強王派〉と教会に前後を挟まれた状態から始まった戦争なんじゃよ。無理に〈強王派〉へ総攻撃を仕掛ければ国が疲弊したところを狙われかねん。かといって慎重に動いても国力を削られていずれにしろ国は滅ぶ。ゆえに愚策とわかりつつ、儂の身を使ってでも〈強王派〉の中枢を潰す賭けに出るしかなかったというわけじゃ。が――そんな八方塞がりの折にお主らがこの書状をもって現れた」


 と、アイラ女王が一枚の書状を手に取った。

 シールドア領主オリヴィアさんが書いてくれた紹介状を掲げながら、アイラ女王は僕らを見下ろす。


「オリヴィアの書状では情報漏洩防止のためか、お主らの正体については触れられておらんが、必ず力になってくれると断言されておる。我が国最強の戦士と互角に打ち合った時点でタダ者ではないとわかってはおったが……改めて問おう。お主らは一体何者じゃ?」

 

 国の命運を背負う王の目をして訊ねてくるアイラ女王。

 そこでいよいよ、この謁見が本番を迎えたことを悟り僕は一歩下がる。


 代わりに前に出るのは、さっきまで信仰心を口からまき散らしていたとは思えないほど真面目な表情をしたシスタークレアだ。


「お初にお目にかかりますわアイラ女王。わたくしはクレア・ゴールドマリー。またの名をエリザベート・プロメテウス・ロマリア。〈宣託の巫女〉と呼ばれる者ですわ」

「「な……っ!?」」


 シスタークレアの本名に、アイラ女王とイリーナ獣騎士団長が目を見開く。

 そしてそんな二人に、教会の指導者であるシスタークレアは来訪の理由を語った。

 腐った教会を潰すべく、この国と協力するためにやってきたのだと。


 その様子を、僕とアリシアは固唾を呑んで見守る。

 気さくな雰囲気からはとてもそうは思えないけど、アイラ女王はこれまで数々の交渉を破談にしてきた気難しい頑固者で有名という話だったから。


 さらに今回はシスタークレアの正体を信じてもらうためのお告げが降りてこなかったらしく、シスタークレアの身分を証明するものはなにもない。


 いままさに教会が支援するテロ組織に苦しめられている頑固な女王が、教会最高指導者を名乗るシスタークレアの話をすんなり信じてくれるだろうかと緊張が走った。


 けれど、


「なるほど……教会はやはりそこまで腐っておったか。心中痛み入る。そして状況打破の盟友としてこの国を選んでくれたこと、心より感謝するのじゃ」


 あ、あれ?

 最初は「さすがに信じられん」みたいな顔をしてたのに、なんだかやけにすんなりと信じてくれた。

 どういうことだ? と僕たちが面食らっていると、


「ふむ、クレア殿のことはわかった。ではイリーナ獣騎士団長と打ち合ったエリオ殿は? 書状にはその年で十三聖剣さえも下して改心させたとあるが……これは一体どういうことじゃ」

「え、僕ですか?」


 アイラ女王の興味が急にこちらに移って戸惑う。

 けどこれから同盟を組もうという相手に聞かれて答えないわけにはいかず、僕は自分の〈ギフト〉についていつものようにかいつまんで話そうとした。

 が、そのときだ。


「エリオ様、エリオ様」

「え? なんですかクレアさん」


 シスタークレアに裾を引っ張られて振り返る。

 するとクレアさんはいきなりとんでもないことを言い出した。


「いまちょうどピンときましたの。この方には最初から全部明かしたほうがいい気がしますわ。エリオ様の頭おかしい〈ギフト〉のことも、人権侵害チ〇ポスキルのことも全部」

「え!?」


 その耳打ちに僕はぎょっと肩を跳ね上げる。

 全部って……全部ってことですか!?

 男根が変形するとか、仲良しで聖騎士も隷属させちゃうとか、セッ〇スしないと出られない部屋に誰彼構わず引きずり込めるとか!? 


 戸惑う僕に、シスタークレアが「はい」と頷く。ええ!?


 いやあの、さすがにこんな情報を全開示したら一瞬で牢獄行きとかになってもおかしくないんじゃあ!? とは思うのだけど……言われてみれば王族と同盟を結ぶならちゃんとした情報開示は最低限の誠意。


 クレアさんのお告げもいままで外れたことはないし……と僕は自分を必死に納得させ、「あの、落ち着いて聞いてほしいんですけど……」と神聖な謁見の間で自らのことを語った。


 一国の女王様に向かって男根変形がどうの、仲良し隷属がどうの。


 そうして僕がとんでもない羞恥プレイに全身から汗を流し、「……恥じらってるエリオ、可愛い……っ」と興奮を隠せないアリシアの隣ですべて説明し終えると、


「……!? この少年正気か……!?」


 イリーナ獣騎士団長が当然のように唖然とした声を漏らす。

 そしてアイラ女王もしばらく唖然としていたのだけど……次の瞬間、


「ぶ……ぶわっはっはっはっはっはっはっはっは!」


 謁見の間に、アイラ女王の爆笑が響き渡った。


「なんとお主、かの帝国で生まれたと噂の変態ギフト、〈淫魔〉か!? あまりのいたたまれなさに半ば温情で国を追われたという!? それがイリーナと互角に打ち合うまでに成長して我が国に!?」


 し、知られてる……!?

 僕の存在が国を超えて噂になってる!?


 色んな意味でアレな展開に僕は真っ赤にしてぷるぷると震える。

 が、次の瞬間だった。


「……よし、あいわかった! もとよりお主に助けられた時点で信頼はしておったが……お主のように強く高潔な男児ならばむしろこちらから頭を下げて頼みたい! 腐った教会に対抗すべく、我が国と正式に同盟を結んでほしいのじゃ!」

「え!?」


 え、ちょっ、同盟は嬉しいけどいまの流れのどこに僕らを信用する部分が!? 

 男根がどうとか仲良しで隷属可能とか、頭のおかしいことしか言ってないんだけど僕!?


 噂に反してあまりにもあっさりと僕らを信頼してくれたアイラ女王に、僕らはまた面食らうのだった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――

 次回141話「テロリストと仲良くなろう!」で改めて語られますが、アイラ女王にはまだ1つ秘密がありますね。

 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る