第59話 ダンジョン都市、サンクリッドと略奪女帝


 アリシア、レジーナとの仲良し対決によってレベルをあげた翌朝。


 僕とアリシアは準備を整え、すぐにダンジョン都市サンクリッドへ出発した。

 城塞都市からダンジョン都市サンクリッドまでは乗り合い馬車で一ヶ月以上かかる距離。

 亜人国家と比べれば近いとはいえ、それでもかなり長い道のりだ。


 けど僕たちは城塞都市を出発してから1週間ちょっとでダンジョン都市サンクリッドへ辿り着いていた。

 というのも、


「はい到着です! さすがは私! キャリー・ペニペニの風魔法はとっても優秀なのです!」


 おちんぽ専用輸送係を免れた人――ハーフエルフの少女、キャリー・ペニペニさんが僕とアリシアを風魔法で運んでくれたのだ。


 キャリーさんがその大きな胸を張るのも当然で、彼女の風魔法は本当に優秀だった。

 一日の航続時間、速度、飛行高度はもちろんのこと。

 精密な気流操作を行っているのか、高速移動する杖の上に乗っているにも関わらず顔に風が当たったりもせず、快適な空の旅を楽しむことができたのだ。


 エルフの血筋は優秀な魔法系〈ギフト〉に目覚めやすいとは聞くけど、まだ二十歳にもなっていない身でこの技量はかなりのものだ。


「ありがとうございましたキャリーさん。おかげで凄く助かりました。またなにかあれば是非頼らせてください」


「ふっふっふ。もちろんです。私はおちんぽ専用運搬係を免れた豪運のハーフ・エルフ。ちゃんとした運び屋として、次もしっかり働きましょう」


 僕がお礼を述べると、キャリーさんがドヤ顔で応じる。

 だけど次の瞬間、キャリーさんが「ん?」となにかに気づいたように首を傾げ、


「…………あれ? でもよく考えたらおちんぽ製造機であるエリオールさんを乗せて運んだんですから、結局最初のお仕事はおちんぽ輸送だったということになるのでは……?」


「なに言ってるんですか?」

 

 そうしてキャリーさんは首を傾げたまま、城塞都市へと帰っていった。

 この1週間で薄々思ってたけど、キャリーさんってなんかちょっと独特な人だな……。


「ま、まあそれはいいとして……ここがダンジョン都市サンクリッドかぁ」

「……凄いね。城塞都市よりもずっと大きな街……」


 僕とアリシアは風魔法使い発着場から街へ繰り出し――その人の多さに圧倒されていた。人の多さには帝都で慣れていたつもりだったけど、猥雑とした印象のあるサンクリッドは輪をかけて人が多く見える。

 

 ダンジョンから産出する様々な魔鉱物やモンスターの素材が経済を潤しているのだろう。人々には活気が溢れ、たくさんのお店で街は賑わっていた。

 僕やアリシアと同年代、〈ギフト〉を授かって冒険者デビューしたばかりらしい人たちもちょくちょく見かけるし、身を隠すにはもってこいの街だ。


 ちなみに。

 ダンジョン都市と呼ばれる街は他にも多くあり、それらのほとんどは国がしっかり管理している。

 反面、ここサンクリッドは帝国の辺境――つまり国境付近にあるせいで、他国と牽制しあっているうちに在野の冒険者で構成される旅団が勢力を伸ばし、国や教会の権威がいまいち行き届かない街になってしまったのだという。それで上手いこと長年にわたり統治できてしまっているので、帝国も隣国やダンジョン都市勢力を敵に回してまで奪取しようとはせずに放置しているらしかった。

 

 帝都に属する聖騎士は国が管理するほうのダンジョン都市で腕を磨くので、サンクリッドのほうまで足を伸ばすことはほとんどない。

 そのためこの街は教会と帝都、両方の目から逃れることができる特殊な街になっているのだった。ルージュさんの提案には感謝するほかない。


「よし、それじゃあ適当な宿も確保したし……とりあえず街を見て周りながら、ダンジョン攻略の準備でもしよっか」

「……うん、楽しみ」


 僕とアリシアは壁が厚い(重要)宿を確保したあと、早速街に繰り出すことにした。

 念のためにアリシアの顔を外套で隠し、はぐれないよう手を繋いで雑踏を進む。


 そうして武器屋やアイテムショップなど、冒険者向けのお店が特に多いメインストリートにさしかかったときだった。


(? なんだ?)


 大通りを歩いていた人たちが、急に左右に割れ始めた。

 一体どうしたんだろうと首をひねっていた僕は、そちらに目をこらしてぎょっとする。


 なぜなら人の波が割れたその先には、見るからにタダ者ではないとわかる空気を纏った冒険者集団がいたからだ。

 遠目にも最高級とわかる装備と聖騎士を彷彿とさせる身のこなしは、幾多の修羅場を乗り超えて来たことを思わせる。

 

 そしてその中でも特に異質な空気を纏っていたのは、先頭を歩く絶世の美女だ。

 腰まで伸びた艶やかな黒髪と、切れ長の瞳が特徴的なヒューマンの女性。

 年は二十代後半ほど。全身から立ち上るオーラは他人を従えるのが当然と言わんばかりのもので、その立ち居振る舞いには自然と畏怖の念を抱いてしまいそうになるほどだった。


 明らかに普通じゃない。

 というかあの人たちってまさか……と嫌な予感が胸を満たした直後。


「おいアレ……〝女帝〟だぞ」

「相変わらず怖いくらいの美人だな……」

「おいやめとけ、目ぇつけられたらなにされるかわからねえぞ。道あけてやりすごせ」


 街の人たちが口々に囁く言葉に、僕は自分の疑念が当たっていたことを悟る。


(や、やっぱり三大旅団の一角……! それもルージュさんが要注意だって言ってたサンクリッド第2旅団――通称〝女帝旅団〟の中心メンバーじゃないか……!?)


 ということはあの先頭を歩く黒髪の美女がサンクリッド第2旅団の10代目頭領――およそ2000人の冒険者を束ねるというステイシー・ポイズンドールだろうか。


 だとしたらどれだけ運がないんだ。

 これだけ広い街の中でいきなり遭遇するなんて。


(ま、まあなんの理由もなくいきなり目をつけられるようなことはないだろうけど……念のために距離を取っておいたほうがいいよね)


 個々人の強さはともかく、旅団の怖さはその組織力だ。

 変な風に目をつけられたら最後、この街に身を潜めてこっそりレベル上げ、なんてできなくなるだろう。慎重になっておくくらいでちょうどいい。


 と、僕がアリシアの手を引いて人の流れに紛れようとしたときだった。


「っ!?」


 背中に強烈な視線を感じて振り返る。

 だけど、


(? 気のせい……かな?)


 僕らのことを見ている人なんてどこにもいなくて。

 僕は少し嫌な予感がしながらも、ひとまずその場を離れることを優先するのだった。



 

 そうして人の流れに乗って離れていくエリオの背中を、じ……っと盗み見る者がいた。

 それは艶やかな黒髪に切れ長の瞳が特徴的な美女。

 およそ2000人の冒険者を束ねる荒くれ者の長、ステイシー・ポイズンドールだ。

 彼女はその美貌に似合わぬ蕩けた笑みを浮かべると、


「ねえ見てリザ、とても素敵なカップルを見つけたわよ。ふふ、今年〈ギフト〉を授かって冒険者デビューしたばかりの子たちかしら。微笑ましいわね」


 背後に控える旅団幹部に同意を求めるように声を漏らす。

 その声はまるで生まれたての犬猫を愛でる子女のように甘ったるい。

 だが次の瞬間、ステイシーは舌なめずりをしながらこう漏らした。


「ああもう、ダメじゃない。あんなの見せつけられたら……寝取りたくなっちゃうじゃないの」


 ステイシーのその言葉に、水を向けられた側近が「またその悪癖っすか」と呆れたような声を漏らす


 だが、それだけだ。


 ステイシーが少女から少年を奪い、目の前で無惨に食い散らかそうとするのを誰も止めようとはしない。それどころか〝女帝〟の意を汲むように無言で少年たちの後をつける者まで出る始末。しかしそれも当然だった。


 この街では旅団こそが、すなわちそれを率いる頭こそが法として機能しているのだから。


「ふふ、大抗争の前に良い獲物と巡り会えたわ。景気づけに、私のスキルでぐちゃぐちゃにしてあげる」


 ステイシー・ポイズンドール(28)

 レベル250

 趣味:略奪(15歳以下の微笑ましいカップルに限る)


 ダンジョン都市の最上位に君臨するその凶悪な冒険者は、人混みに消えていった可愛らしい少年を想い、ゾクゾクと背筋を震わせた。


 ――――――――――――――――――――

 レイニー・エメラルド(オルタ)みたいな新キャラですね。

 (レイニーさんは元々オルタサイド? そうですね……)

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