第3話 来ちゃった

 エリオ・スカーレット 14歳 ヒューマン 〈淫魔〉レベル2

 所持スキル

 絶倫Lv1


「え? なんでレベルが上がってるんだ……?」


 自慰の直後。

 ステータスプレートを見た僕は愕然と声を漏らした。


 レベルアップとは、魂の強度上昇とも言われる。

 レベルが高ければ高いほど素の身体能力や魔力、魔法威力やスキルの威力がアップして、生き物としての格が上がっていくのだ。

 けれど当然、生き物としての格が上がっていくなんて表現が使われるだけあって、レベルアップの条件というのはそれなりに厳しい。

 戦闘系の〈ギフト〉ならモンスターを何十体も討伐しないといけなかったり、生産系の〈ギフト〉なら大量の修行が必要だったりと、長い年月が必要になるのだ。


 もちろん〈ギフト〉を授かってすぐはわりとサクサクレベルがあがるものだけど……なにもしてないのに上がるなんてことあり得ない。


 ……いや、けど、僕の場合、正確にはなにもしてないわけじゃない。


「まさか……」


 あまりにも馬鹿馬鹿しい仮定。

 けどレベルアップの理由なんてそれ以外に考えられず、僕は下半身の疼きに従うまま、再び自分を慰めた。


 それからどれだけの時間が経っただろうか。


 エリオ・スカーレット 14歳 ヒューマン 〈淫魔〉レベル10

 所持スキル

 絶倫Lv1


「……えぇ」

 

 とんでもない結果に、僕はどんな表情をしていいかわからなかった。

 自分でもドン引きだ。

 検証の結果、僕は一回自分を慰めるごとにレベルが1上がっていたのだ。


 なんだこのあり得ない成長速度。

 そりゃあ最初の頃はレベルはさくさく上がる。

 とりあえずレベル30くらいまでなら誰だってすぐ到達できると言われている。

 けどそれだって普通は1年とかかかるものだし、日々の鍛錬と実戦が前提だ。


 ちょっとムラムラを処理しただけでこんなにレベルが上がるなんて、天から授かる〈ギフト〉に対して罰当たりといってもよかった。


「いやけど……どう考えてもおかしいし、レベルが上がりやすいかわりにあんまり強くならないとかそういう仕様なのかも」


 生産系の〈ギフト〉なんかがそうだし、〈淫魔〉もその類いなんじゃないかと考えていた、そのときだった。


 グオオオオオオオオオッ!


「うわっ!?」

 

 外からいくつもの獣声が聞こえた。

 かと思えば馬車が大きく揺れ、御者のギルさんが悲鳴をあげる。


「え……!?」

 驚いて外を見ると、月明かりの下にいくつもの影があった。

 

「なんでこんな時期に人食いボアの群れが!? エリオ様! お逃げください!」

 

 ギルさんが叫ぶ。

 その声に従って僕は荷台を飛び出すのだけど……逃げ場なんてどこにもなかった。


 周囲の暗闇にはいくつもの眼が光り、僕らを完全に包囲していたのだ。

 その数は20近いだろうか。

 とてもじゃないけど逃げられる状況じゃない。


「くそっ、ギルさん! 僕が殿になるから、隣町まで急いで!」


「坊ちゃん!?」


 僕は剣を持って周囲を睨み付けた。

 戦闘系の〈ギフト〉を授かることはできなかったけど、僕だってこれまで鍛錬してきたんだ。

 自衛くらいは……僕みたいな恥ずかしい生き物の送迎を請け負ってくれたギルさんを助けるくらいのことはできる。


 人食いボアの推定レベルは確か平均して7。

 同レベル以上の戦闘系〈ギフト〉持ちでないと相手取るのは難しい。

 しかもこんな数を相手に戦うのは無謀でしかないけど……やるしかない!


「やああああああああああああああっ!」

 

 戸惑うギルさんが逃げやすくなるよう、進行方向の猪たちに玉砕覚悟で突っ込む。習ったとおりに剣を振るい、人食いボアにまずは牽制の一撃を叩き込む。

 ……のだけど、


「ギュウッ!?」  

 

「え?」


 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。

 僕よりも身体の大きな人食いボアが、対して体重も乗せていない攻撃で大きく吹き飛んだのだ。

 それになんだか、人食いボアの動きがやたらと遅く見えるような……。


 戸惑いながら、周りの人食いボアに続けて攻撃を叩き込む。


 どごおおおおおおおおおっ!


 あっという間だった。

 僕が剣を振るうこと三度。

 人食いボアの包囲網に穴が空き、ギルさんが「へ?」と目を丸くする。


「な、なんだこれ!?」


 そしてギルさん以上に驚いていたのは僕自身だった。

 確かに僕はいまレベル10。

 レベル7の人食いボアを圧倒できてもおかしくはない。

 

 けどそれは、あくまで僕が戦闘系〈ギフト〉を授かっていた場合だ。

 ムラムラを処理しただけでレベルがあがるような〈ギフト〉がこんなに強いなんて絶対におかしい。


「どうなってるんだ本当に……でも、強いならそれに超したことは……ない!」


 迫り来る猪たちを追い払いながら、僕はギルさんと共に夜の街道を駆け抜ける。


「さすが坊ちゃま! 戦闘系〈ギフト〉でなくとも鍛錬次第でモンスターともある程度は渡り合えると聞きますが、まさかここまでおやりになるとは!」


 ピンチを切り抜けることができたこともあってか、ギルさんが興奮した様子で叫ぶ。

 と、そのときだった。


 ――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!


 人食いボアの群れが一斉に甲高い鳴き声を奏で始めた。

 その途端、


「なっ!?」


 突如として、街道の脇から巨大な影が飛び出してきた。

 見ればそれは他の個体よりも二回りはでかい人食いボアだった。


「群れのボス……!?」


 最初の包囲網で仕留められればよし。

 もし逃げられても進行方向に伏せたボスが尻を拭う。

 初めて相対するモンスターの狡猾さに僕は冷や汗を流した。

 背後から迫る群れに進行方向のボス。

 選択肢は一つしかない。


「うあああああああああああっ!」


 僕は馬車から飛び出して再び斬りかかった。

 けど、


「グガアアアアアアアアッ!」


「うわっ!?」


 強い。

 さすがにこれだけの群れを統率する個体なだけあって、速さも力も段違いだった。

 先ほどのように上手くいかない。

 あっという間に劣勢に立たされ、道を塞がれた馬車も人食いボアたちに追いつかれてしまう。


「坊ちゃん!」


「ダメだギルさん! 逃げて!」


 ギルさんが馬車に備え付けられた槍をもって加勢しようとしてくれる。

 僕はそれを制止するけど……ギルさんだって逃げ道がないなんてわかってるから一か八かで加勢しようとしてくれているんだろう。


 ぐっ、このままじゃ二人ともやられる……!

 と、覚悟したときだ。


 風が吹いた。


 ヒュヒュヒュヒュン!

 

 響く風切り音。

 続けて聞こえてきたのは、断末魔さえあげる間もなく崩れ落ちる無数の人食いボア。

 そして一際大きなボス個体の身体が縦に割れたかと思うと、


「……やっぱり、追いかけてきてよかった」


 僕の目の前に立っていたのは、宝石のように美しい青い眼と白銀の髪が特徴的な女の子。


「……エリオが街を追い出されたって聞いて……私も家出してきちゃった」



 アリシア・ブルーアイズが鞘に剣をおさめる音がパチンと響いた。


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