第五話 再呼出 2

 それから五時間目開始五分前の予鈴が鳴り響き、何とか二人からの追求を逃れることは出来た。 予鈴を耳にした僕達は食堂前の中庭から教室へと戻った。

 それにしても、古谷さんとは口頭で友達になったはいいけれど、あれから彼女とは一言も喋っていない。


 何度か古谷さんからの視線は感じたものの、やはり彼女も今の関係に戸惑っているのか、はたまた気を遣っているのか、一定の間隔を保ったまま僕へ近付こうとせず、中々に距離が取りづらい状況となっている。 そうして何とも歯がゆいもやもやした気持ちを相手している間に五時間目が終了した。


 そもそも友達になろうと言い出したのは僕だし、とりあえず何でもいいから古谷さんと喋ってみようと思い立ち、僕は自分の席に座ったまま彼女の座席がある右斜め後方を振り向いた。 そこに彼女の姿は無かった。


「お、何だユキちゃん腹決まったのか? 例の子ならさっき教室から出て行ってたぜ」


 予覚はしていたけれど、果たして後席の三郎太が僕を茶化してきたので、


「そんなのじゃないよ。 僕から友達になるって言ったし、そろそろ会話ぐらいしとかないとって思っただけだよ」と、僕はつんけんと三郎太をあしらったけれど、


「そっか。 まあ、あの時は俺らも興奮してあんなかすような事言ったけど、冷静になってユキちゃんの立場で考えたらそりゃ戸惑うよなぁ。 だから焦る必要ないっしょ、じっくり考えようぜ。 俺も相談に乗るからさ!」


 意外にも三郎太は柔和にゅうわな口調で僕を励ましてきたものだから、先程の対応は少し冷たすぎたかなと気がとがめた。 と同時に、彼の言葉で幾許いくばくか気持ちが楽になった事も認めた上で「うん、ありがとう」と素直に彼からの厚意を受け取った。


 それからしばし三郎太と談笑を交わしていると、僕の座席周辺から携帯電話らしき着信音が聞こえてきた。 音の発信源は三郎太の携帯電話からだった。


「やべっ、マナー忘れてた。 授業中じゃなくて良かったぜ。 えっと? ……げっ、姉貴からじゃん。 何だよ学校で……はい、もしもし? つか学校で掛けてくんなよなぁ」


 どうやら通話の相手は三郎太の姉らしい。 以前彼の口からこの学校に二つ上の姉が居ると聞き及んでいたけれど、先の彼の反応から察するに、あまり姉弟の中はよろしくないように思われる。


「うっせーな! いるよ! てか今まさに現在進行形で喋ってたんだよ! ったく……で? わざわざ学校で電話なんて掛けてきて何の用だよ……うん? ああ、いるよ。 てか今目の前に。 ……は? どういう事? ――は? 意味わかんねーんだけど……」


 通話の内容までは読み取れなかったけれど、何やら三郎太は姉から面倒事に巻き込まれているように思われる。 すると彼はどこか納得のいかない様子で「はい」と、僕に通話中のスマートフォンを差し出してきて、


「何か姉貴の友達がユキちゃんに話があるらしくてさ、そんで直接姉貴が説明するからユキちゃんに代われって」と、まったく予想だにしない事を言い始めた。


 話の流れがこれっぽっちも理解出来ずにいた僕は眉をひそめながら首をかしげる事しか出来なかったけれど、相手は三郎太の姉という事でないがしろに対応する事も出来ず、多少の怪訝けげんは残しつつ三郎太からスマートフォンを受け取り、通話に応じた。


「はい、お電話代わりました」

『あ、君がアヤセくん? よかった~思ってたより早く連絡付いて。 あたし、サブローの姉の鈴木双葉でーす、はじめましてよろしくねー』


 声質こそ男と女という事で違ってはいたものの、先の会話の調子で電話の相手は本物の三郎太の姉だという事は不思議と理解出来た。


『で、いきなりで悪いんだけど、アヤセって名字の子、君の学年で他にも居る?』


 そして一体何の意図があるのか、双葉さんは僕と同じ名字を持つ同学年の生徒が僕以外にも居るのかなどとたずねてきた。 綾瀬という名字を持つ家庭は全国的にごく少数で、同じ学年どころか県内にすら一人居るかどうかさえ怪しい部類だから、恐らく同学年に僕と同じ名字は居ないだろうと断定した上で僕は、


「全クラスの生徒の名前を完全に把握してる訳じゃないですけど、確か覚えている限りでは一年の中に綾瀬の名字は僕だけだったと思います」と双葉さんに告げた。


『そっか、じゃあ君で間違いないかな? えっとね、あたしと同じ学年で友達のアキラ・・・って人が君とはなしたい事があるらしいんだけど、今日の放課後、もし時間空いてたら会ってあげてくれないかな』


 ただただ、戸惑うしかなかった。

 そもそも僕は、双葉さんの友達の『アキラ』という名前に心覚えが全く無い上に、入学してからひと月経過した今日こんにちまで上級生とまともに関わった事すら無かったものだから、その人がどこで僕を知り、そして僕から何を聞き出したいのか、まるで見当がつかなかった。

 念の為にと、今一度心当たりを探ってはみたけれど、やはりそれらしい記憶は存在しておらず、一層いぶかしさがつのる一方であった。


「その『アキラ』っていう人はどこで僕を知ったんでしょうか。 実は、僕の方には全く心当たりがなくて」


 当然、何の情報も無く承諾出来る依頼では無く、ひとまず僕はこの不可解なお誘いの真相に探りを入れ、それからもう一度判断しようと試みた。


『あー、大丈夫大丈夫。 アキラも君の顔は見たこと無いって言ってたから、お互いに初対面なんじゃないかな?』


 僕を呼び出そうとしている相手が僕の顔も知らないで一体何が大丈夫なのかと、僕は理解に苦しんだ。

 結局真相のの字も明かされぬまま、それどころかますます話は混迷を極めてゆく一方で、僕は頭を抱えてしまいたくなった。


 そもそも相手は男なのか女なのか、それすらも分からず――いや『アキラ』という名前ならば恐らく男だろう。 ではそのアキラと名乗る三年生の先輩は、一体何の用があって顔も知らない僕と話がしたいなどと言っているのだろうか。

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