閑話

特別編:屋敷のメイド

 理想郷ディストピアの朝は早い。


 山の麓では、朝から混血達が骨人スケルトンに指示を出して倒れている木々をせっせと運ばせている。


 山を囲んでいる森は綺麗に禿げており、焼けた木々があちこちに倒れていた。

 これからその焼け焦げた大地を綺麗に片付けた後に、新しく街を作る予定なのだ。

 森を焼いてくれた人に感謝だな。



 「大変ですねー。師匠が焼け野原にした森を片付けさせられて」



 イズが屋敷の窓から顔を出し、山の麓で掃除を指揮している豆粒のように小さいザック達を眺めながら、私を責めるように呟く。

 

 ……いや、確かに私が魔術で焼け野原にしたのは認めよう。

 だがしかし、あれは私のせいだけではないのだ。


 そう、私にはもう一人────共犯者がいるのだ。



「そうだろ? アメラ君」


「私は一切森を破壊していませんし、この土地に傷をつけていませんよ糞虫ごしゅじんさま



 アメラの辛辣な発言に誰も味方がいないことを悟った私は、ゆっくりと椅子にもたれかかり足を組む。

 ……彼女の滅茶苦茶な息吹ブレスから守っていたのは私なんだが……。

 

 彼女────アメラは、彼女から奪った【死者の楽園ディストピア】の能力スキルによって私の支配下に置かれている。


 住人達には彼らを動死体ゾンビにしたのは邪悪な竜であり、アメラはその邪竜の依代として取り憑かれていたと説明した。

 私の言葉に全幅の信頼を置いてくれている彼らは、その言葉をすんなりと信じてくれた。


 故に、ここにいるのはもう混血の神竜ではないのである。

 そんな彼女には、私は一つの役割を与えていた。




 そう────メイドである。



「なんですかその目は、気色悪い。吐き気がするので、ジロジロと私の身体を見るのはやめて下さい糞虫ごしゅじんさま

 

 

 メイド服を着たアメラがその豊満な肢体を手で隠しながら、ゴミを見るような目を私に向けて言う。


 私の支配下にいるとは思えない傲岸不遜な態度である。


 他の不死者アンデッド達と違って彼女は自身の魂を残したまま支配下にいるので、基本的には自由意志が許されている。

 

 まぁそれでも私の命令には逆らえないことは変わりないのだが……主人を微塵も恐れないその傲慢な態度は、ある意味堕天使らしいと言える。

 


 …………というかイズ。そろそろ私の足を蹴るのをやめなさい。



「ほら、頼まれていた理想郷ディストピアの資料です。混血共の人口、不死者アンデッド軍の内訳、その詳細について記載してあります。無駄にしたら八つ裂きにしますよ」



 心底嫌そうな顔で、アメラが手に持っていた資料を机の上に向かい無造作に放り投げる。

 

 私は投げつけられた資料を受け取ると、ペラペラと紙をめくり始める。

  


「……混血達が約6万人。不死者アンデッド軍が総勢約120万人か。…………多過ぎないか」


「これでもかなり厳選していたのですよ悪魔ごしゅじんさま。戦争の絶えない地上には死体が溢れるほどありますからね。優秀な骨のみ、私の能力スキルでコツコツと集めていたのです」



 得意げな顔で死体収集癖を語る彼女を、イズと私が引いたような目で見る。

 

 ……まぁこれも一種のコレクター魂だと思えば私も気持ちは分かるかもしれない。

 しかし私は欲しがりさんだが、好んで死体ばかり集めるような趣味はない。


 彼女のように不死者の軍団を眺めて、恍惚の笑みを浮かべるような変態ではないのだ。

 死体しか友達のいないボッチとは違うのである。



 そんな私の憐れむような視線に気づいたイズが、慌てた様子で話題を変える。



「こ、混血の皆さんの中にも、そのまま亡くなって天に還ることを望んだ方や、同族を呼びに外の世界へ旅立った方もいますからね!ここに残ったのは全体の大体半分くらいでしょうか」



 イズの言葉に私は頷き、手元の資料を渡す。

 渡したページには蘇生を拒んだ者や外へ出た者の細かな人数などが、綺麗な字で纏められてあった。


 イズは「ふむふむ」と頷きながらページをめくると、次の頁にあった不死者アンデッド軍の内訳を見て引きつったような笑みを浮かべる。



「なんですかこれ……」



 下級不死者アンデッド(骨人スケルトンなど)……70万。

 中級不死者アンデッド(リッチなど)……30万。

 上級不死者アンデッド(上位エルダーリッチなど)……10万。

 最上級不死者アンデッド(王位マスターリッチなど)……8万。

 英雄級不死者アンデッド(英雄骸骨騎士レジェンダリー・マスター・スケルトンなど)……2万。



 アメラが集めていた不死者アンデッド軍の内訳だ。

 大雑把に分けるとこの五つで構成されている。


 しかしまぁ、よく集めたものだ。


 この軍勢が不滅の存在となって襲いかかってきたのだから、我ながらよく無事だったものだと自分で自分を褒めてやりたい気分だ。



「一体どこに戦争をしかける気ですか……」

 

「……いや、別に戦争をしかけるつもりはない」



 失礼な。

 私は好き勝手に命を奪い合う戦争は好きではないのだよ。

 あんな野蛮な奪い合いに私を巻き込まないで欲しい。

 

 というかこいつらを集めたのはアメラなんだが。



「ふふっ。素晴らしいでしょう? 私の兵隊達は。ただの人間の国など容易く滅ぼせますよ」



 物騒な事を言いながら、自身が集めた不死者アンデッド軍のことを自慢げに語り始めるアメラ。


 だから戦争する気はないって言ってるだろ!

 私を何だと思っているんだこいつらは。

 ……いや、悪魔だと思っているのか。



「重ねて言うが、私は別に戦争をしかける気はない。不死者アンデッド軍にはさしあたり、理想郷ディストピアの防衛と土地の開拓にあたって貰おう」



 私の言葉に不満そうな顔をしたアメラが舌打ちをする。


 どうしてこいつは清楚なナリをしてこんなにも好戦的なんだ。



「チッ。|腰抜け(ごしゅじんさま)がそう言うなら従います。……それでは私は屋敷の掃除に戻りますので、これで」


 

 機嫌の悪さを隠そうともしない様子でアメラが部屋から出ようとする。

 立ち去ろうとするアメラを、ふと言い忘れていたことを思い出した私が引き止める。


 

「そうだアメラ。夕食についてなのだが、今夜からはメイドとして君が作ってくれ」



 私の言葉にこちらを振り向いて面倒臭そうな顔をしたアメラが、心底嫌そうなため息を吐きながら言う。



「はぁ……分かりました。以前振る舞ったように、料理は得意な方です。私の料理が食べられることを光栄に思うのですね悪魔ごしゅじんさま



 パタン、と扉が閉まる音がしてアメラが部屋から去っていく。

 その様子を見ていたイズが、苦笑いをしながら「よいしょ」と私の膝の上に座って言う。



「あはは……機嫌が悪そうでしたね、アメラさん。それにしても大丈夫ですか? アメラさん師匠のことを嫌ってますし、毒とか盛られたりしません?」


「問題ない。私の支配下にいる彼女は、私の不利益となる行動はできない。それに彼女とは魂レベルで繋がっているから私に嘘をつくこともできない」


「あぁ……だからあんな辛辣なんですね……」



 いやあれは彼女の性格だ。

 そこは間違えないで欲しい。



「さて、夕食までまだ時間がある。……今日も少し魔術について教えてあげよう」


「やた! 早くやりましょう師匠!」





 屋敷の窓には、烏面の男と銀髪の少女が楽しそうに笑っている姿が写っていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「こ……これは……」


 

 天蓋の灯りも赤くなり始め、辺りもすっかり夕暮れといった頃。


 私は目の前に並べられた料理に顔を引きつらせていた。

 腐った肉に、カビの生えたパン。どこの雑草か分からない謎の野菜が盛られたサラダが、目の前に並べられている。


 私は抗議するようにアメラの方を見ると、彼女は自慢げにその豊満な胸を張りながら答える。

 


「さぁ、どうぞ悪魔ごしゅじんさま。私の料理の腕前に感心するのは分かりますが、あまりジロジロ見るのはやめてください。反吐が出ます」



 そう言って自信を持った態度で料理を勧めるアメラを、私は注意深く見る。


 ……嘘は言ってない。

 彼女は本当に目の前の料理が自慢出来るものだと思っている。

 馬鹿な……。下手というレベルではないぞ……。



「あの〜。もしかして、最初にお屋敷に来たときに出してくれたお料理もアメラさんが作ってくれていたんですか?」


「そうですよ。せっかく私の理想郷ディストピアに来てもらったのですから、私が直々にもてなしてあげていたのです。二度も私の料理を食べることが出来るなんて貴方達くらいなんですから、感謝して食べなさい」



 アメラの言葉に目を逸らしながら苦笑いを浮かべるイズ。

 そしてハッと思い出したかのように立ち上がり、慌てた様子で席を立つ。



「あっ! わたしザックさん達のところで夕飯の招待をしてもらっているんでした! ではわたしはこれで!」


「イズ! 待ちなさ──」



 風のように去って行ったイズを追おうとした私は、アメラに肩を掴まれて席に押し込まれる。



悪魔ごしゅじんさま。私がせっかく作った料理をまさか食べないとは言いませんよね? 誰の命令で作ったと思っているんですか?」



 アメラのにこやかな笑みとは裏腹に、肩を掴む手が竜の握力でミシミシと音を立て始める。

 


 なんて馬鹿力だ……。この私がビクとも動かんだと……。



 後ろに立つアメラが、ミシミシと音を立てながら肩を掴む手とは反対の手で、腐った肉の刺さったフォークを私に差し出してくる。



「無理矢理にでも食べさせますからね。口を開けてください。ほら、あーん」


「ちょっと、待ちたま────」






 その夜イズがザックの家から帰ってくると、食堂には烏面の男が吐瀉物を口から垂らしながら、死んだように座っているのを目撃した。

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