第十六話:神竜②

「異世界の…………悪魔ッ」



 彼女────アメラが憎々しげに悪魔という単語を口にする。

 アメラは悪魔に対して強い嫌悪感を持っているようだ。

 私の世界でも天使は悪魔に対して機械的な敵意を向けてきたが、彼女の場合は敵意というより憎悪に近い。


 ……悪魔に何か嫌なことでもされたのだろうか。



「…………悪魔。貴方は確かに強い。だけど、ここは私の理想郷ディストピア。この世界では────私を殺すことはできない」



 巨大な竜の黒翼を広げ、私から距離を取るように天蓋近くまで上昇する。

 そしてその竜の瞳を閉じ、祈るような姿勢をして静かに口を開く。



「────能力スキル、【死者の楽園ディストピア】」



 アメラが口にすると、周囲からそして地下世界全体からアンデッド特有の負の気配が溢れ出る。

 空気が淀み、夜の闇を死の気配で充満させた漆黒の大深林からは大量のアンデッドの気配が感じられる。


 数千……数万……数十万……。

 数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどの不死者の軍勢がこの山まで集まって来ている。


 その軍勢は骨人スケルトンだけではなく、リッチ、上位エルダーリッチ、それ以上の力を持った存在の気配も多数感じることができる。

 既にこの山頂からでも、山のように巨大な骨人スケルトンが軍勢と一緒にこちらへ向かっているのが目視できた。


 これは……まずいな。

 イズ達がいる屋敷の結界は強固なものとはいえ、流石にあれだけの数のアンデッドに耐えられるものではない。

 あまり時間はないだろう。

 


 「<地獄の炎嵐ヘルストーム>」



 私の魔術が山の麓にある周囲の森を、消えることなき地獄の業火を伴った嵐で焼き払う。

 爆炎が辺りを囲み、一瞬で周囲の森が焼け野原と化す。

 炎は壁のように山の麓にそびえ立ち続け、近づくアンデッド達を軒並み焼却させていく。



「無駄ですよ」



 アメラの声と同時に、業火で焼かれた筈のアンデッド達が再生を始め、炎の壁の中を突き進んで行く。

 焼け死んでは再び再生を始め立ち上がり、ゆっくりと屋敷へ足を進めていく。



「…………不死者アンデッドとはよく言ったものだな」


「私の能力スキル、【死者の楽園ディストピア】がある限り、この地では不死者アンデッドは不滅の存在と化します。そして────」



 彼女を見ると、その竜の身体から膨大な負のオーラが溢れ出る。

 アンデッド特有の禍々しい生者を蝕むオーラだ。



「────私も不死者アンデッドです。不滅の存在となった私を倒す術はありません」


「…………まさか君自身もアンデッドと化しているとはね」



 彼女が歪な笑みで、その獰猛な牙を剥き出しにしながら躍りかかってくる。


 私はそれを《災厄払う円楯アイギス》で防ぎ、竜の身体を石化させ粉々に粉砕する。


 しかし、すぐに時が巻き戻ったかのように石の破片が集まり竜の身体が再生していく。

 再生が終わると、そこには何事もなかったかのように平然とした姿の黒竜が嘲笑の笑みを浮かべていた。



「無駄ですよ、と言ったのが聞こえませんでしたか悪魔。この地に来た時点で、貴方が私を倒すことは不可能だったのです」



 彼女の言葉を無視して私は攻撃を続ける。

 先ほど森を襲った業火の嵐が、目の前の黒竜に向けて集約し、放たれる。


 だが業火の渦に包まれた黒竜は、焼かれたそばから再生を始め、有効なダメージを与えることができない。

 


能力スキル、と言ったか?神や私達悪魔が持つ権能に似ているな…………厄介な力だ」



 アメラが不死の身体を活かして再び襲いかかってくる。

 巨大な竜の爪が風を切り裂き、私の身体を引き裂かんと迫る。


 円楯で爪を防ぎ石化して破壊するも、彼女の再生速度が段々と早くなり、防御が追いつかなくなっていく。


 嗜虐的な笑みを浮かべて私の方を見る黒竜が、笑いながら言う。



「蘇れば蘇るほど、私の能力スキルで不死者は死への耐性を得ます。貴方のその恐ろしい楯も、私の力の前ではただの鉄の板同然です」



 ついに《災厄払う円楯アイギス》の石化速度より再生速度の方が上回った黒竜の爪が、楯とぶつかって鈍い音を放つ。

 その爪には聖なる力が付与されており、完全に無効化することができず、徐々に押し込まれていく。



「……チッ。私の楯に傷でも付けられたら面倒だ」



 私は円楯を宝物庫に戻し《神狼貪る縄グレイプニル》を取り出すと、その光の縄で黒竜を拘束する。


 四肢を拘束された黒竜がもがくように身体を暴れさせるも、光の縄はビクともしない。


 やがて諦めたように動かなくなったかと思うと、黒竜の身体から溢れ出る負のオーラが光の縄を徐々に侵食していき、骨のように変成していく。


 私はとっさに光の縄を消して宝物庫に戻し、苦々しげに言葉を吐く。



「……生物なら何でもアンデッドにできるのか」



 《神狼貪る縄グレイプニル》は複数の生物を合成して作られた魔法生命体だ。

 円楯には効かなかったところを見ると、彼女の負のオーラは生者を侵食してアンデッドにするのだろうか。


 オーラに触るだけで、問答無用でアンデッド化させるなんて理不尽にも程がある。




 警戒したように距離を取る私に、アメラが光悦とした表情で語りかける。



「正確には、“骨”を触媒にしているのです。……あぁ……貴方も……彼らと同じ、私の兵隊にしてあげましょう」



 後ろを見ると、飛行して近づく不死者の群れが私に襲いかかって来た。


 骨だけの竜、翼人、大鷲のようなアンデッド化された魔物に加え、私が先日殺したヤギのような上級悪魔グレーターデーモンの姿も見えた。

 中には元は人間であったろうことが窺える、何処かの国の旗を掲げた骨人スケルトンが、骨竜スカルドラゴンに騎乗している姿も見える。



「私の能力スキルで、地上の紛争地帯で死した英雄の骸をアンデッド化して集めていたものです。600年にも渡る人族と魔族の戦争は、私に優秀な兵士を与えてくれました」



 私は後退しながら<心臓爆弾魔ハートボマー>の魔術を起動させ、飛行して近づくアンデッドの軍勢を爆殺していく。

 しかし倒れてはすぐに復活してくる不死者の軍勢を前に、徐々に押し込まれ周囲を囲まれていく。


 ふと屋敷の方を見ると、ハンク達が屋敷まで迫ってきた骨人スケルトン達と結界の境界線上で戦っているのが確認できた。

 骨人スケルトンの軍勢は段々と数を増し、結界が破れるのも時間の問題だろう。


 その後ろには、イズが屋敷に飾ってあった剣を片手に震えながらハンク達を見守っている姿も見える。

 

 

「……彼らも時間の問題です。貴方も、これだけの不死者の英雄達と、私を同時に相手することは不可能です」



 彼女の言葉は最もだ。

 流石の私と言えども、この状況で不滅のアンデッド軍とアメラを撃破し、すぐにイズ達を助けに行くことなどできない。


 私の考えを察してか、アメラがその嗜虐的な笑みをさらに深めて語りかける。



「ようやく理解していただけましたか。安心して下さい。悪魔と言えども、私の兵士として生まれ変わることで、等しく救いが訪れるでしょう」



 祈るような姿勢のままアメラが私に言う。

 そして、私を取り囲む不死者の英雄達にゆっくりと手をかざし号令をかける。



「────殺しなさい」



 不死者の英雄が私に向かって一斉に襲いかかり、八つ裂きにする─────






 ─────ことはなかった。



「【強欲アワリティアの左手】」



 悪魔の翼を出した私は、予め発動していた『強欲』の権能を解放した。

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