デーモンロード 〜強欲の悪魔、異世界へ征く〜

逸志てま

第一章

Prologue:強欲の悪魔

 強欲の悪魔『マモン』─────。


 かつて世界に顕現し、あらゆる富を手にした大悪魔。

 七つの大罪の一つ、<強欲>を背負いし悪魔の中の王。


 討滅後、悪魔界へ帰還した彼は、昔のように人間に召喚されることもなくなり、退屈な日々を過ごしていた。


 2020年────。

 現代ではもう神秘は薄れ、天使・悪魔といった存在は姿を現すことができない世界となった。

 科学の発展に伴い人々の信仰は薄れ、超常の存在である彼らは“架空の存在”にまで落ちたのだ。


 そうした中、悪魔界でいつものように未練がましく現世の様子を覗き見していた彼は、今日も羨ましげに視線を送っていた。



「いいなぁ…。私もパソコンやスマートフォンが欲しい…」



 烏頭の仮面を付け、黒外套から漆黒の翼をパタパタと動かしている者────マモンが呟く。


 その隣で、一緒に現世の様子を覗いている小柄な少女がヨダレを垂らしながら応える。



「ボクはあのハンバーガーっていうのが食べてみたいな」


「ブブ君は本当に食べ物のことにしか興味がないなぁ。今のご時世、スマートフォンがあればボタン一つで家までそのハンバーガーを届けてくれるんだよ?見るべきはあの機械の方だよ」


「え!? そのすまーとふぉん? があればハンバーガーをお腹いっぱい食べられるの!?」


「その通りだとも。さらにはハンバーガー以外のものだって運んで貰えるよ」


「食べたい! 早く食べたいよ! マーくん!」



 ヨダレをダラダラ流しながら顔を近づけてくるブブ君。

 私の肩が彼女のヨダレ塗れになっていく。

 そして、私の肩にすり寄せるように顔を近づけたため、彼女の黄金色に輝くおかっぱ頭の髪が自身のヨダレでベタベタになっていく。



「ちょっ! 汚いよブブ君! この外套がどれだけ価値がある物なのか前に教えたばかりだろう!」



 自分の肩をタオルで拭いながら彼女に抗議の声をあげる。

 ついでに彼女の汚れてしまった髪と顔も拭ってあげることも忘れない。



「んっ…。ありがとっ。えへへっ、マーくんはうるさいけど優しいよね!」


「うるさいは余計だよ…。それに悪魔に優しいは褒め言葉として受け取り辛いよ…」



 ブブ君の顔を丁寧に拭き取りながら、苦言を呈する。

 えへへー、と呑気に笑いながら猫のように顔を擦りつけてくる彼女を見ているとこれ以上文句を言う気もなくなった。



「えっ!? あれ! あれ見てよマーくん!」



 グイグイと私の翼を引っ張りながら明後日の方向に指を差すブブ君。


 今度は何だと私も視線を移すと、そこには信じられない光景が写った。



「……まさか……召喚陣?」



 地面に光り輝く召喚陣が現れていた。

間違いない…これは“悪魔召喚”の陣だ。



「すごい! すごいよ! 久しぶりの召喚だよ! やったねマーくん!」



 隣で嬉しそうに飛び跳ねながら喜ぶブブ君を尻目に、私は周囲を警戒していた。


 <傲慢>にでも気付かれたら面倒臭い事態になるのは想像に難くない。



「だいじょうぶだよマーくん! ルーくんはわたしが誤魔化しておくから!」



 そう言って明るくブイサインを浮かべる彼女に私は少し驚いていた。



「え? ……ブブ君は良いのかい?」



 召喚陣は1柱しか入れない。

 悪魔界に召喚陣が現れなくなって久しい今、その価値がどれほどの物なのか想像に難くないだろう。

 この召喚陣を巡って戦争が起きても不思議がない程だ。


 彼女も渇望を抱えた大悪魔だ。

 ────それも、私以上に残酷な渇望を背負った。

 私に譲るなど有り得ないと思っていた。



「いいよー。だって、マーくんが必ずわたしをお腹いっぱいにしてくれるもん!」



 底抜けなほど明るいな笑顔を私に向けてくるブブ君。


 ああ────そうか。

 彼女は、信じているのだ。


 今でも彼女の中では、あの気が狂う程の渇望が渦巻いているだろう。

 その渇望を、罪を背負って尚、私に笑いかけられる程、信じているのだ。


 かつて遥か昔。

 私が君に言った言葉を、今も尚。



「────うん。ハンバーガー、楽しみにしてていいよ」



 彼女の口についたヨダレをタオルで拭う。

 相変わらず嬉しそうにブブ君が顔を擦り付けてくる。


 ────私は強欲の悪魔。

 欲しい物は全て手に入れる。

 それだけだ。



「じゃあ、行ってくるよ」


「うん、いってらっしゃい」






 そうして、私は異世界へ召喚された。



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