第28話 女子会はやっぱり楽しいですね

「私、王子は狙ってない。って言ったよね?」

 まだ春の陽射しには弱すぎる、そんな光を浴びながら、主人公が私の目の前にたっていた。

 後ろにいるロバートとがふぅ、と息を吐いたのがわかる。目の前に立つ人物に警戒をして身構えたのを解いたのだろう。

「そんなこと言われてもぉ、なんか唐突に断罪イベントが始まっちゃったからぁ、破滅エンドを避けたくて思わず口走ってしまったんですよねぇ」

 私のベタな言い訳に主人公が若干イラつくのが分かった。

「私がこんなに頑張っているのは、王子ルートのためじゃないのよ!私はねぇ」

「隠しルートを、出すためですよね?」

 主人公の、セリフに被せるようにいってやった。何回か見たスチル絵の風景、あれは隠しルートを出すための条件だ。隠しキャラとの、スチル絵を一定数出さないと隠しルートが開かれないのだ。私は1周しかしていないけれど、その、条件がある事はネットで知っていた。だから、すっかり忘れていたロバートのスチル絵は、私も1枚しか出せなかったから、うっかり忘れていたのだ。

 でも、気がついてしまった。昼休みのダンスホールでの自主練習、主人公はダンスホールに入らずに音楽が聞こえる裏の林で隠しキャラとダンスをするのだ。春先のまだ肌寒いなか、2人だけが陽だまりの中にいるスチル絵。

「ーっ」

 主人公が私を睨んできた。うん、当たりだよね。そうでしょう?主人公が狙っているルートは隠しルート。

 その相手はマルコスではなくて、

「うちの、ロバートを狙っているのでしょう?」

 私は不敵に笑って見せた。そう、悪役令嬢の如く。

 やっと、やっと、出番が来たのだ。

 主人公の恋路の邪魔をする悪役令嬢アンネローゼとしての存在意義が!

「ええっ!俺ぇ?」

 背後から、かなり間抜けな声がした。悲鳴に近いけど、男子の野太い声だ。可愛げはない。

「何今更?自分はモブのつもりでいたの?」

 私はジト目でロバートを見た。と言うか、貴志なんだけど。

「なんだよ、隠しキャラって?なんだよ、隠しルートって?」

 あー、当事者が一番状況を理解してないやつだ。めんどくさい。

「そういう所、井上貴志くん」

 主人公が、ロバートのことを本名?で呼んだ。そう、主人公は知っていたのだ、ロバートも転生者で、中身が井上貴志だということを。

「なんで、俺の事?」

 気づいてなかったのかぁ、痛いやつ。バレてたんだって、私たちの正体。

「ずっと、気づいていたわよ。だって、あなたはアンネローゼより先に覚醒していたでしょ?」

 やっぱり、主人公はゲーム開始からちゃんと、覚醒していた。だからこそ、冷静に周りを見ていた。自分が死んだ理由を知っていたから、だから、他にも転生者がいるのではないかと気にしていた。

「覚醒の順番がそんなにも違ったわけ?」

 この世界での覚醒が、1ヶ月単位で違っている?それってつまり、考えたくはないけれど、転生した時期の違い?暴走車が突っ込んできたのは私の後ろからだった。つまり、巻き込まれたのは私の後ろの生徒たちから。

 困ったことに、私はハッキリ覚えていた。

 背後から迫る暴走車、悲鳴、人が車にぶつかる鈍い音。そして、私を庇うように抱きついてきた貴志の姿。

 貴志が庇ってくれたから、私は貴志より覚醒が遅かった。貴志が衝撃を受け止めてくれたから、少しは私の方が……

 私は、自分で言った言葉に自分でショックを受けていた。

「私が最初に覚醒するのは、主人公なんだから当然じゃない?」

「そ、それはそうなんだけど」

「主人公がいなかったら、ゲームははじまらないでしょう?」

 主人公は、そういうとまた1歩私に近づいて来た。

「なんで、俺が井上貴志って気づいたんだ?」

 いつ正体がバレたのか、ロバートこと貴志は不思議がった。いつ、なのかは確かに私も気になった。パれているのは分かっていたけれど。

「入学式の日に、アンネローゼの護衛が終わって手持ちぶたさになったロバートが、1人でフラフラしていたのよね。なんだか、ぽくないなァって、思って見ていたら『これって、美和のやってる乙女ゲームの世界だよな』って、呟いたのが聞こえたの」

 こらこら、貴志あんたの落ち度じゃん。

「き、聞いてたんだ」

 自分の間抜けっぷりに貴志は項垂れた。正しく、ゲーム開始早々に正体がバレたわけだ。

「そう、それで私は決めたの」

 主人公は、ずいっっと、寄ってきた。

「な、なななな、何を?」

 私は主人公の迫力に圧倒されて、思わず後ずさった。

「攻略対象をロバートにしよう。ってね」

 声にならない悲鳴を背後で聞いたような気がした。




 放課後のサロンで、なぜか私は主人公とお茶をしていた。声が聞こえるように、あえてロバートを入り口に立たせた。王子が突入してこないように、と言う名目上ではあるけれど。

「ミュゼットちゃん、くつろいでね」

 アンヌマリーのサロンではなく、ヴィオレッタ様のサロンになってしまったのは仕方がない。

「あら、わたくしには言ってくださいませんの?」

 なぜかアンヌマリーもついてきていた。他の人のサロンに入ってはダメというルールはないからね。むしろ、皆で仲良くを、推奨しているわけだから、咎められる筋合いはないのだ。

「あらぁ、アンヌマリーちゃんはすっかりくつろいでいるようだけど?」

 ヴィオレッタ様はくすくす笑いながらお茶をくばってくれた。うん、ヴィオレッタ様はお茶を入れるのがお上手なのね。見習わなくては。

 心がほっこりする。たぶん、アンネローゼもくつろいでくれているのだろう。

「2人揃ってアラン様をお断りなんて、とっても面白いわァ」

 ヴィオレッタ様は、今回の騒動が余程面白いようだ。放課後に生徒会室ではなく、サロンに集まらせるあたり、女子だけの楽しみと判断されたようで。

「いまの生徒会室は、はっきり言って居心地悪いわよ」

 マリアンヌ様が、お茶を一口飲んでから言った。

「居心地が悪い?」

 私は聞き返した。なんで生徒会室の居心地が悪くなるのかな?

「アラン様が、荒れてるのよ」

 仏頂面のマリアンヌ様は、本当に迷惑そうだ。


「申し訳ありません」

 主人公が恐縮している。

 そういや、ハッキリと王子に、お断りを申し上げたんだっけ?

「ミュゼットちゃんが謝る必要は無いのよ」

 手をヒラヒラさせてマリアンヌ様が言う。

「アラン様が俺様過ぎたのが原因よ。ミュゼットちゃんが自分に恋してるって思い込んで、アンネローゼちゃんが自分だけを見ていないって拗ねて、自爆したんじゃない。なんでも自分の思い通りになると思ってるのよね、アラン様は。自分はなにもしないくせに」

 貴族のしがらみがないだけに、マリアンヌ様は辛辣だった。まったくもって王子を擁護する気は無いらしい。

「女子生徒がみーーんな、自分に恋してるって思い込んでるのよ、王子の俺に惚れるのは当たり前、って。その考えが気持ち悪いんだっつーの」

 マリアンヌ様は、一気にまくし立てると、お茶を一口飲んで、ふぅ、って言った。

「なにか、あったんですか?」

 私は恐る恐る聞いてみた。こんなにも、ぶっちゃけるなんて、なかなかないでしょう。

「アンネローゼちゃんが婚約者のままだったら、申し訳なくて言えなかったけど、今だからこそ言うわ!」

 マリアンヌ様は、テーブルをダンっと、叩いた。

「アラン様はねぇ、超絶勘違い男なのよ!女子はみんな王子の俺と結婚したいんでしょ?って思ってるの、俺って、モテモテで困っちゃうなぁ、とか考えてるの!自分中心に世界が回ってると思ってるの!同じ生徒会室役員の私とヴィオレッタが自分に近づく為に役員になったと思い込んでるのよ!気持ち悪い!」

 マリアンヌ様は、余程いやだったんだろう。そりゃあ、あんな性癖?を知ってしまったら、夢の王子像が崩れるし、俺様の体で接されたら引くわ。私らホストに群がってる訳じゃない。王子だなぁって思っているからこそ、それなりに接しているだけで、誰もが王子との結婚を夢見ているわけではないのだ。

「そうなのよぉ、生徒会室で側室としてしか迎えられないが、構わないのか?って、言われた時には、全身に鳥肌が経ちましたわよ」

 ヴィオレッタ様がそう言うと、マリアンヌ様は大きく頷いた。

「それって?」

 主人公が顔を引き攣らせているのが分かった。


「生徒会役員になるとか、成績優秀者になるとか、そうやって上を目指しているいる女子生徒は、みーーんな王子の俺様と、お近ずきになりたいからなんだろ?って思ってんの!あの男はっ!」

 王子の思考回路うざっ。王族の婚約者に対する扱いも、そう言う事なんだと納得出来る。俺に惚れてるんだから、言うことなんでも、聞いちゃうよね?結婚したいんでしょ?って事か?キモイ!ムリ!

「申し訳ないけど、アラン様は全くもって興味ナシなんですけど」

 主人公が死んだ目をしている。可愛い顔が台無しだ。

「それで、アラン様はわたくしに見向きもしなかったのですわね」

 アンヌマリーが合点がいったと言う顔をした。

「そうねぇ、アンヌマリーちゃんみたいに自我がしっかりとしている女性は苦手みたい」

 ヴィオレッタ様はクスクスと笑った。

「あら?わたくし、以外ともてますのよ?」

 アンヌマリーは、優雅に扇を開いて口元を隠しながら笑った。

「あら、ミュゼットちゃん、それ可愛いわね?なんの模様かしら」

 ヴィオレッタ様が何かに気がついて小首を傾げた。見慣れぬ何かを見つけてらしい。

「子どもの頃によく書いていたんです。思い出したのでちょっと落書きを」

 主人公が何かを書いていたらしい。みんなで主人公の書いていたソレを覗き込む。

「本当に面白い形をしているわねぇ」

 マリアンヌ様も珍しそうに眺めている。

 が、私はその主人公が書いた面白い模様がなんであるか理解出来た。そして、それが何を意味しているのか。

『悪役令嬢サイドストーリーって知ってる?』

 そう、ノートに書かれていた。


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