第18話 アンネローゼの身の上話 その2

 メイドの子たちに勧められても、私はイマイチ乗り気にはなれなかったわ。だって、何を書いたらいいのかわからなかったから。それに、顔も覚えていないから。

 そういったら、メイドの子たちは、だからこそ手紙を書くんです。って詰め寄ってきたの。顔を忘れてしまいそうだから、お会いしたいです。って甘い言葉を書き連ねればいい。って私に言うのよ。

 でも、本当の事は書けないでしょう?顔を忘れました。とか、外出出来なくて退屈です。とか、婚約者に贈り物もないんですか?なんて、絶対にかけないでしょう?

 だから、やんわりと、王子に恋焦がれる婚約者の令嬢として、可愛らしいお手紙を書いて送ったのよ。もちろん、送る前にはお父様が中身を確認したけれど、王族に送るものは検閲を通るから、複数の人に見られて恥ずかしくない手紙を書かなくてはいけなくて、結構大変だったわ。

 でも、会えないことの寂しさを書き連ねたら、お父様は意味ありげに笑ってくれたわ。これは、大変よろこばれるだろう。ってね。

 王子の行動を知っていたメイドたちは、知恵を出し合って、下品にならないように、誘惑と捉えられないように、あくまでも可愛らしい婚約者の令嬢のおねだりとなる様手紙の文面を考えてくれたの。

 その手紙を書くのは楽しかったわ。

 みんなで私の部屋に集まって、お茶やお菓子をいただきながら作戦を考えるの。いやらしくならないように、媚びを売らないように、上品に、清楚に、それでいて王子への気持ちを精一杯伝えられるように。

 私たちは、楽しいイタズラを考えていたのよ。

 どうやったら、王子が「遊びにおいで」って言ってくれるのか?

 だって、そうでしょう?王子のせいでお友だちは作れないし、お茶会には行けないし、新しいドレスを作っても見せる相手もいないんですもの。唯一見せてもいい相手が、遊びにも来てくれないなんて、そんなの信じられないでしょう?私は婚約者なのよ?

 王子からは、ちゃんとお返事が届いたわ。

 けれど、でも、内容はとてもつまらな…いえ、簡素で格式ばったものだったわ。季節の挨拶からはじまって、私の手紙への返事があって、健康を気遣うことが書いてあってお終い。

 白い便箋に1枚きりのお返事。

 一応、蜜蝋で封がされていたけれど、手紙を届けてくれたのはお父様。王宮で仕事をして、帰りに持たされたというものだったわ。私はちゃんと郵便屋さんに持たせたと言うのにね、王子はお父様を郵便屋さん替わりにしたのよね。でも、一応お父様の前では、大切な王子からの手紙を誰の目にも触れさせずに持ち帰ってくれたことを感謝して見せたわ。

 そうして、その手紙宝物として鍵付きの宝石箱にしまってね。

 私はほぼ毎日手紙を書いたわ。日記が箇条書きになったのはそのせいなの。同じことを2回も書くのが面倒だったのよ。ただそれだけ。

 1ヶ月ほどして、ようやく王子からの手紙に「遊びにおいで」と言う一文があったの。

 どうやら、新しいドレスを作ること、王子の好きな色は何色ですか?初めて見せるのは王子がいい。とか、そんなことを書いて送り続けたのがきいたみたいだったわ。



 私は、お父様経由で日程を調整なんてしないで次の日にスグ王宮に行ったの。もちろん、お父様は慌てていたわ。でもね、これもメイドたちとの作戦だったの。

「遊びにおいで」と言われたからすぐに来ました。ってやつね。日程とか調整とかそんなのは私に関係ないわ。ってことにしたの。だって、私は王子の婚約者なんですもの。王子から呼ばれたのだから、すぐに参じて当たり前でしょう?

 家紋付きの馬車に乗って、正面から王宮に乗り込んだわ。もちろん、門番や護衛の騎士たちは大慌てだったわ。それを見ていてとても面白かったのを覚えているの。

 馬車には、新しく作ったドレスを持ってきたの。だって、手紙に1番最初に王子に見てもらいたい。って書いたから、それを実行してあげたかったのよ。

 メイドたちが衣装ケースを持っていると、慌てて王宮の武官たちが駆け寄ってきたわ。中身がなんだか分からないし、小柄な少女たちが大きな荷物を持っているんだもの、当然手伝うわよね。

 王子の部屋まで行くと、伝達が入っていたのか、入り口で侍女が待ち構えていたわ。

「本日のご予定に、アンネローゼ様のご訪問はございません」

 侍女がそう言ったけど、私は聞いてあげるつもりなんてなかった。

「あら?そうだったかしら?」

 私はわざとらしく言ってあげた。そんなことは分かりきってるし、約束なんて取り付けるつもりはサラサラなかったのよ。だって、王子の婚約者はわがまま令嬢、って言われたかったんですもの。

 そうね、こんなことしたからあなたの言う『悪役令嬢』って言われてしまったのかしら?

 そんなわけで私は、侍女なんてお構い無しに王子の部屋のドアをノックしたの。もちろん、侍女が慌てたわ。取次していないんですもの。


「王子、私です。お誘い頂いたので遊びに来ましたわ」

 中からの返事のなんて聞かないでドアを開け、当たり前のように王子の側まで駆け寄ったの。

 もちろん、こんなことしていいわけがないわ。礼儀知らずだし、マナー違反だし、王妃教育を受けているとは到底思えない行動よ。

「アンネローゼ、僕はまだ…」

「王子、お会いしたかったです」

 王子が、何かを言おうとしたけれど、私は敢えてそれをさえぎって言葉をはっしたわ。

 そうして、はしたなくも王子に思いっきり抱きついて会えなかった寂しさを表現したの。そうすることによって、私はまだ、幼くひたすらに王子に愛情を求める可愛らしい婚約者としてのイメージを植え付けることにしたの。

 だって、そうでもしないと、王子の束縛がエスカレートするかもしれないでしょう?私はあなたしか見ていません。って全力で、アピールしないと、しかも単純に分かりやすく。

「アンネローゼ、わかったよ、でも、少し離れないと、顔が見えないよ」

 王子が、ようやっと言葉を発したので、私は今更ながら、はしたない真似をしてしまった。と少し恥ずかしそうに下を向いて、距離を取ってから、スカートをつまんで淑女の礼をしたわ。

 お久しぶりにございます。貴方様の婚約者、アンネローゼにございます」

 私は、しっかりと頭を下げて、顔が見えないようにしたわ。だって、今しがた王子は顔が見えない。って言ったから。

 礼儀ですもの。王族の前では顔をあげては行けないのものよ。だから、礼儀正しく顔を下にしたのよ。

「ああ、アンネローゼ、顔を上げてくれないかい?僕は君の顔が見たいんだよ」

 王子がそう言ったので、私はゆっくりと顔を上げて、満面の笑みを王子に向けたの。それはもう、何百回、何千回も練習したとびきりの笑顔よ。家庭教師に何度も言われた、王子に向けるのは愛情を込めた上品な笑顔。頬がひきつるほど練習をして、飲み物もろくに飲めないぐらいだったもの、自身はあったわ。

「なんて、美しいんだろうね、アンネローゼ。僕の大切な婚約者」

 王子がそう言って、私の頬にそっと、手を触れたわ。私はその王子の手をうっとりとした目で眺めたの。もちろん、メイドたちと考えた作戦よ。私はあなたに触れられるだけで至上の歓びを感じてます。って、そんな風には捉えられるように。

 ゆっくりと見つめあって、誰にも邪魔はさせなかったわ。王子付きの侍女たちは、私を咎めようとしたけれど、王子とその婚約者が見つめあって2人の世界に浸っているんですもの、邪魔は出来ないでしょう?

「お約束通り、王子に1番に見ていただきたくて」

 私は、一緒にに来たメイドたちに荷物を持ってこさせて、箱の蓋を開けさせた。中には仕立てたばかりのドレスが入っているのだが、このままでは単なる色とりどりの布にしか見えない。

「それで?」

 色とりどりの布とレースを、見たところで、王子は喜びもしなかった。逆にお前は何を見せに来たんだ?とでも言いたそうな顔をしているのがよくわかったわ。

 だから、

「今から順番に着替えますので、お待ちくださいな」

「着替える?」

「はい」

 怪訝そうな王子に対して、私は満面の笑顔をむけて元気に返事をして差し上げた。

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