37:意外な刺客、アジトの最終決戦!
「美晴のGPSが途絶えた……」
地図上で二人を案内した一分後、美晴を示すアイコンがパッと消えてしまったのだ。回線が不安定などの予兆もなく。
「あいつが意図的にGPSを切るっていうのはあり得ないな。あんな機械音痴ができるはずがない」
異世界から来た奴らとなら、妖力や魔力を使った異能力バトルは必須だろう。それによって一時的に電波障害が起きるのは考えられる。だが、途絶えてから一分が経っても戻らない。
「これは……ずっとバリアか何かを張ってるな。アジト周辺はけっこう建物も多いし、結界みたいなやつを作ってる可能性もあるからな」
蓮斗は一回だけ深呼吸してから立ち上がった。
「行かねぇって言っちゃったけど、もしものことがあるし、行ってみるか。久しぶりにあいつを使って」
ICカードと最低限のお金が入った財布をボディバッグに入れ、外に出る。周りを見渡し、誰もいないことを確認する。
「あの場所へ、即座に導け。モメート・モービレ」
あの事故以降、恐れて使ってこなかった魔法。だが『仲間』を見つけて久々に回復魔法を見せた時、その人が経験した過酷な背景を感じとることができた。
女王も、麻里菜も。美晴も、俺も。……経験したものは違うけどな。
瞬間移動の魔法で移動したその目と鼻の先に、黄色い
「中が見えねぇな。エヴィデンター!」
人をハッキリと映し出す魔法で、蓮斗は思わずたじろいた。
まず地面には数十人という規模の人数が倒れていた。
右の方に、細い尾の生えた長髪の人がしゃがみこんでいる。おそらく美晴だろう。
左の方に、立派なしっぽの生えた人が、体を折り曲げて苦しそうに悶えている。麻里菜だ……!
『ルイナ』のことだから毒ガスを作っていてもおかしくない。麻里菜がダウンしてるってことは……。
あの事故の時と同じような感情が芽生える。
「マズい……どうやって助ければ!」
触れられる見えない壁をこぶしで叩き、足元に視線を落とす。目に入ったのは靴の跡がついた短剣だった。
これに魔力をまとわせれば中に入れたりして。
「インドゥーント・トゥムルトゥス!」
バリアを無効化する魔法をかけ、左手に浄化の魔法の準備をしておく。
麻里菜の姿勢が崩れ、地に伏せようとしていた。
「ミヌス……」
蓮斗は魔力を帯びた短剣を振りかぶった。
「ヴェネヌム!!」
浄化の魔法の呪文が完成すると同時に、短剣は結界を破り、蓮斗は放つ魔法とともに結界の中へ吸いこまれていく。
「ミヌス・ヴェネヌム・チェディック!」
再び魔法をかけ直すと、蓮斗を中心にして数秒で黄色の煙が晴れていく。
握っていた短剣は持ち手を残して、金属部分が無惨にも折れていた。結界を破ることは普通の魔法使いではできないほどのことなのだ。
「蓮斗!!」
美晴はその顔をパッと明るくさせ、
「おい、誰だぁっ!」
黒髪天然パーマの女は、ガスマスクをかなぐり捨てて叫ぶ。
「名前は言わない。でもこれだけは言っておく。正午ごろ、ここのパソコンからポラマセトウイルスの情報をリークさせたのは、俺だ。あと、人間界からポラマセトウイルスは消え去ったからな」
「お前かぁぁぁぁっ!!」
女は腰にさしていた銃を構え、銃口を蓮斗に向けた。が、その体は真横に吹っ飛ぶ。
美晴が飛び蹴りをかましたのだ。麻里菜の意識が飛んだことで、防御魔法が切れていた。
「蓮斗! 魔法で麻里菜を治して!」
「あいよ」
美晴がおとりとなって、毒ガス瓶を投げつけた奴らや、建物の中から出てきた組員をさばくつもりだ。
すぐさま蓮斗は麻里菜の下に駆け寄り、うつ伏せになっている体勢を仰向けに直す。
「サニターティム」
麻里菜の胸やのどに向かって緑色の光が放たれる。青白かった肌に赤みがさし、呼吸できず痙攣していた胸ももとの動きを取り戻した。
「麻里菜、聞こえるか」
「その……声は、蓮斗? どうして、ここに……」
透き通るような青い目が開かれた。
「それは後だ。美晴に加勢してやれ。俺は魔法『しか』使えないからな」
「『しか』って……ありがとう蓮斗」
妖力で超回復した麻里菜は、傷だらけの黒髪天然パーマの女と対峙する美晴の横に立ち「時間稼ぎ、ありがとう」と小声で伝える。
「麻里菜、よかった〜!」
安堵の顔を浮かべつつも、目線は常に女の方を向いている。
『美晴、アレいくよ』
『オッケー、麻里菜』
女からは動いてこないと悟った麻里菜。
二人は背中合わせになり、女の方でない手をお互い握り、もう片方の手の平を女の方に向け、じわじわと距離をとっていった。
マイ、そっちの準備終わってるよね?
「何をするんだ? 攻撃ならさっさとしてみろ」
おもむろに銃を構える女。その後ろにひっくり返っていない組員が二人。
麻里菜と美晴はついに結界の端っこにたどり着く。
「どうしてウイルスが高齢者だけにかかるようにしたんですか」
「あー、あのガキに色々ばらされちゃったから言うけど、ネットに書いてあったことをそのまま実現しただけだよ。『老人だけが死ねウイルスで超高齢化社会が緩和される』だったっけな」
な、なにそれ……。そんなの冗談で言ってるんでしょ。
「『 老害』とか『高齢ドライバーの車は殺人兵器』とかな。人間界に来てそれがすごい分かった。若い頃の栄光と私とを比べて『使えない、これだからガキの捨て子は』って言ってきたジジイを思い出してよ。人間界のヤツらも考えてることは一緒だなって」
今度は女の後ろにいる部下らしき人がしゃべる。
「だって俺らみたいな若いヤツは、ジジイやババアと比べれば社会的に不利だろ? それならまとめて殺せばいいってな」
確かにそうだけどさぁ……これ、立てこもり犯とおんなじことが言えるんだけど。
麻里菜は女に向けていた手を一旦下ろす。
「これは四月の立てこもり事件の時も言ったことなんですけど、本当にそう思ったとしても、していいこととしてはいけないことがあります。お年寄りの中には、あなたたちのような人に手を差し伸べてくれる人もいるでしょう。でも、あなたたちがしたことはそのような人も苦しませ、殺す結果になっているんですよ」
美晴は「そうだよ」と言って麻里菜の後に続く。
「いくらその人が醜いって思ったとしても、『お年寄り』って一括りにして殺すなんて……。それが許されるなら、今ごろあなたたちの命はないね。私たちが殺してるから」
うなずく麻里菜は再び手を前に出し、美晴もそれに手を添わせた。
「人間に手を出す人たちは人間界にいる資格はないから、妖魔界に帰ってもらうよ。そこでひっくり返ってる他の組員も一緒にね」
「まだまだ社会的弱者を助けたいんだよ!」
麻里菜の変化して鋭くなった目つきが、より鋭くなって女を突き刺す。一呼吸おいて冷たい低い声が響く。
「妖魔界で『人を傷つけないで助ける方法』を学んできなさい」
麻里菜は美晴を握っている手をギュッと強め、合図を出した。
「我はアルカヌムの巫女なり。我の力を使いし、道を開き給え」
麻里菜によって、妖魔界と人間界をつなぐ道が開かれた。
体の中に流れる『妖怪の血』が、二人同時に同じ言葉をつむぐ。
「「傷つき蝕まれた体は癒される……ソールディ・ラール・エッシュ!」」
双子の手のひらの中から渦巻く白い光が飛び出す。結界の縁ギリギリにいる蓮斗をかすめて、結界のほとんどを覆っていく。
「成功したと思ったのに……」
女も、氷漬けにされた赤髪の男も、倒れている組員も、『ルイナ』のアジトも白く光り出すと、足元から光の砂となって消えていく。
「助けようっていう心はいいのになぁ……」
麻里菜は女が残した言葉に返す。
「そこは否定しないのか……」
「やり方が違うだけですよ」
「そっか、やっぱり女王だな」
一瞬だけ口角を上げ、消滅した。
もとから何もなかったかのように空き地だけが広がっていた。
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