35:時の砂が満ちるその瞬間に

 さっきの電話で蓮斗と、

「あとは二人に任せる。俺は電波障害に乗じて『ルイナ』のアジトにあるパソコンとネットワークをいじって、情報漏洩させるから」

と、何やらすごいことを言ってきてから別れた。


 その約束の時間まで、あと五分を切っている。

 妖怪変化してからずっと、麻里菜と美晴は魔法で透明になっている。声で二人がいることが分かっては元も子もないので、脳内会話テレパシーでコミュニケーションを取っている。


 二十分前に初めて脳内会話をやった美晴だが、少し途切れながらも長文の会話ができるようになっていた。


『美晴、昨日も電話で教えたけど、もう一回やり方をおさらいしておくね』


 そう言うと、麻里菜は美晴の手に自分の手をぴたりとくっつける。


『これでお互いの妖力が共有された状態になる。それから、もう片方の手の中に妖力を集める。第三の目を封印する時と同じように』

『こう?』

『そうそう、これで私のと美晴のを合わせて、より妖力を注ぎこめばオッケー。そこに私が魔力も注ぎこんで、効果を倍増させるから』


 美晴がうなずくのを確認すると、麻里菜はくっつけていた手を離した。


『あと一分だよ』


 アルカヌムの巫女の宝具である懐中時計を見る美晴。麻里菜も服の内側から宝具のペンダントを外に出し、準備は整った。

 鼓動をはっきりと感じ、麻里菜はサフィーを胸に押し当てる。


『十秒前』


 麻里菜と美晴は再び、互いの手のひらを密着させる。


『五、四、三、二、一』


 麻里菜は左手に、美晴は右手に妖力を集め、


『〇』


 その手どうしを合わせたその時。


 キーーーーーーーーン!


 空に爆音の超音波が響き渡った。が、この音は人間には聞こえない周波数である。


『くっ、う、うるせぇ……』

『麻里菜、もっと妖力を出せば……うちらにも聞こえなくなる?』

『うん、さすがの妖怪でも十万ヘルツ以上はムリらしいから』


 どんどん妖力を入れていると、お互いの力が反発しあって手がくっつけられなくなってきた。

 そこに麻里菜は『効果倍増』の魔法をかける。


「ジェミヌス!」


 魔力も足されたとたん、耳を覆っていた不快な高音が限界突破して無音となった。

 顔を歪める必要もなくなった麻里菜は、有り余っている妖力を注ぎこみ、左手に意識を集中させる。


『美晴、妖力は大丈夫? ふらふらしてきてない?』

『大丈夫! むしろピンピンしてる!』


 よし、予想どおり。

 まず二人の手を合わせて妖力を共有したのは、まだ美晴の妖力がどれほどあるか把握してなかったからだ。もしそれがかなり少なければ、すぐに妖力を切らしてしまう危険があるからである。


『くっ……! もっと、もっと……!』

『うっ……、麻里菜の力、強い……!』


 妖力が作り出すエネルギーで、美晴との距離がジリジリと遠ざかっていく。美晴の左手が麻里菜の右手をグッとつかんだ。

 麻里菜も美晴を離すまいとその手を握り返した。


『残り十秒!』


 両手が使えないものの、妖力で浮き上がってきた懐中時計を見て叫ぶ。


『五、四、三、二、一!』


 脳内に響く美晴のカウントダウンが終わった。






 妖力を注ぎこむのを急に止めると二人が吹っ飛ぶ可能性があるため、少しずつ弱めていき、止めた。

 それでも後ろに数歩下がる形でよろけてしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 いくら脳内会話ができようとも、上がった息をコントロールすることはできない。


『美晴……妖力温存のために第三の目を封印するよ』

『うん……オッケー』


 二人は残っていた妖力で額の第三の目を封印する。それと同時にかかっていた透明の魔法が切れ、はっきりと姿を現した。


「麻里菜……成功したかな?」

「それは蓮斗が教えてくれるでしょ」

「そうだね。とりあえず駅前まで戻ろ! 妖力使ってお腹空いた!」


 大仕事を終えた美晴の表情はとても清々しいものだった。思わず麻里菜も、疲れ顔の中で笑顔になる。


 その道中、蓮斗から電話がかかってきた。


「二人とも、お疲れ様。それに、ポラマセトウイルス撲滅成功したよ。おめでとう」

「ほ、ホントに!?」


 笑顔になりながらも涙目になった美晴から、麻里菜はよい報告だと察した。会話の内容を聞こうと、美晴のスマホに耳を近づける。


「今、ウイルスが消えて逆に混乱が起きてる。ちなみに俺の方も成功した。どうやって『ルイナ』がウイルスを変異させたのか、日本医師会の方に送りつけといた」

「よかったね! これからうちら二人でランチするから〜」

「まったく、美晴ったら……。それは十分に楽しんで、終わったらまた大仕事だからな」

「分かってる! じゃあね」



 通話を切った美晴は麻里菜を見下ろし、「成功したって!」と満面の笑みで手を差し出した。


 二人は一発ハイタッチすると、ニヤケ顔でグータッチをするのだった。






 午後二時。二人はところ変わって池袋にいた。


「ここの細道を入った突き当たり、そこがアジト……まぁ研究所だよ」


 GPSをつけた美晴のスマホから位置情報を取得しながら、電話で蓮斗に案内してもらっている。

 テロリストのアジトといったら、どんなに荒れた建物なのか、はたまた存在感のある建物なのかを想像していた。しかし、違った。


「意外と……周りに溶けこんでる?」


 コンクリート製の真っ白な壁で、三階建てで事務所のような雰囲気だ。


「それな、思ってたより普通」

「そうじゃないとすぐにバレちゃうから?」


 ドアの横には『特定非営利活動法人 ルイベックス』と書かれた看板が貼ってある。

 ここを破壊するって……周りの建物危なくない? しかもここから『ルイナ』の組員が逃げたらマズいよなぁ……


 ガチャ


 そんなことを考えていると、ドアが開いて中から赤髪のお兄さんが出てきた。


「よぉ、そこの嬢ちゃんたち、何か用か………って、え?」


 麻里菜の顔を見た途端、固まった。


「はい、あります」

「おい……女王がなぜここに……?」

「女王じゃないです。女王『じゃない』方です」

「ここに何しに来た!?」


『女王』という言葉を聞きつけて、建物の中から次々と組員が出てくる。


「あなたたちを捕まえるためです。妖魔界からポラマセトウイルスを持ち出し、人工的に変異させ、バイオテロをしでかして……」

「何だよ、俺らがやったって?」

「妖魔界に帰った、元あなたたちの配下に吐かせたんですよ。国際テロ組織『ルイナ』!」


 麻里菜の目はいつになく鋭い。

 今度は美晴が一歩前に出て、赤髪の男を指さす。


「このウイルスで、多くの高齢者が恐怖に怯え、苦しみ、消えていきました。表向きは社会的弱者を助けるためだとしていますが、その助ける方法が『殺す』? はぁ?」


 さらに麻里菜が畳み掛ける。


「私たちは四月の始めにあった立てこもり事件の被害者であり、アルカヌムの巫女でもあります。事件を起こした学校が私のいるところで、運が悪かったですね」


 麻里菜の口角がスっと上がった。


「やるじゃねぇか。それなら口封じにお前らを殺すまで! いけぇぇぇぇっ!! かかれぇぇぇぇ!!」


 物騒な金属音を出しながら、弾けたように一斉に飛び出してきた。


「美晴、いくよ」

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