第8話 最後の家族旅行

 二日後、瀬尾家と結城家は揃って家族旅行に出かけた。

 瀬尾家からは父の浩介、母の結子、長男・昇、次兄・朱美、三男・司と四男・比呂弥に長女で末っ子の来霧。結城家からは父・総一朗と娘の真理香という組み合わせで、それぞれの家から車を出し、比呂弥と来霧は結城家の車に乗っている。


 「ほらヒロ君、海だよ!」

 

 真理香が比呂弥に体を寄せながら窓の外を見るように促した。


 (何か、良い匂いがするんですけど)


 車内から望める雄大な海の姿に感動を覚えつつも、密着してきた真理香の体の柔らかさに意識が逸れ、シャンプーの良い匂いが比呂弥の鼻腔をくすぐりそれどころではなくなってしまった。


 「スピカモ、外二、出たいでス」

 「へ?」

 

 機械で合成されたような声が比呂弥の足元に置かれたバッグの中から聞こえ、真理香はそちらに視線を下げた。


 「スピカ、あなたも来てたの?」

 

 比呂弥のバッグから出てきたのは、比呂弥が昔作ったポメラニアン型のペットロボットであった。

 比呂弥はスピカを膝の上に置く。


 「私モ、瀬尾家ノ、一員ですのデ。お邪魔、でしたカ?」

 「別にそうは言ってないわよ」


 もの凄く残念そうに真理香が言う。


 「ごめんねまり姉、スピカがどうしてもっていうから。海風で錆びるからダメだって言ったんだけど」

 「錆びル、よりモ、比呂弥ト一緒二、いられない方ガ、もっと嫌、でス!」

 「相変わらず、スピカはヒロ君にべったりね」

 「……機械のくせに生意気」


 来霧が横目でスピカを見ながらポツリと呟いた。


 「いつ見てもそのペットロボットはよくできてるな」


 運転席の総一朗がバックミラー越しに言った。


 「思考回路と言語解析、それに通話機能まで実によくできている。将来は浩介と同じ科学者になれるんじゃないのかね?」

 「やめてくださいよ、俺程度の学力じゃ父のようになるにはとても。昔から工作は得意だったからスピカは趣味で作っただけで、そんなに凄いとは思ってません」


 と、膝の上のスピカの頭を撫でながら応えた。スピカはうれしそうに尻尾をぶんぶん振っている。


 「そうか。まあ、将来どこに進むかは時間をかけて決めればいいからな。今は無数にある選択肢を楽しめばいいさ」


 総一朗はそう言うと豪快に笑った。

 しばらくすると目的の宿泊先に到着する。

 車を降りて一息つくと、さっそく荷物をホテルへ預け、海へ直行した。


 「見て見てヒロ兄! じゃーん!」

 

 砂浜に着くと、来霧と真理香がさながらファッションショーのように水着姿でくるりと一周まわってみせた。

 来霧はフリルのついたワンピース、真理香は少し露出の高いセクシーな黄色のビキニである。


 「まり姉はともかく、来霧はまた来年に期待だな」

 「ひどーい、それどういう意味!?」


 頬を膨らませる妹をなだめつつ、三人は海へと繰り出した。

 波際ではしゃぐ比呂弥たちの姿を、ビーチから微笑ましく見つめる浩介と総一朗の姿があった。


 「総一朗、例の件、真理香ちゃんに話したそうだな」

 「ああ。多少驚きはしたが受け入れてくれたよ。比呂弥と来霧ちゃんにはまだ話さなくていいのか?」

 「この旅行が終わったら、話すつもりだ」

 「そうか……」

 「できるのであれば、このまま何も起こらないことを祈るばかりだよ……」


 二人はそれきり、子供たちの楽しそうな姿を目に刻もうとでもしているのか、無言で眺め続けた。


  *


 その夜は砂浜でBBQパーティーが行われ、両家族は大いに旅行を楽しんだ。

 この先に起こることなど誰一人とて露も知らず。

 最後の家族旅行を。



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