履歴書
Meg
オンライン面接
自室。夜。
香織は大学4年生、就活をしていた。明日はα社のオンライン面接で会社指定の履歴書を書かなければならない。香織はため息をつき、
「全然書くことない。やだなあ。エントリーシートがないのはいいけど、食品会社の営業職とかほんとは全然興味ないし。でももう10社に祈られてるから早く決めないと」
と言って、頭をかいた。
『名前、生年月日』
「えーと、吉川香織。20〇〇年×月△日……」
α社。日中。
オンライン上で就活生の面接がされていた。スーツの香織が画面に入室する。香織は目の前にずらりと並ぶα社の面接官、人事や部長たちにお辞儀をした。
面接官の一人が香織に告げた。
「では自己紹介をお願いします」
香織はにっこりとして答えた。
「はい。わたくしA大学の
自室。夜。
パソコンとにらめっこする香織は、就活中に何度も問われた事柄を書き出していた。
『学歴・経歴』
「地元の普通の中学、普通の高校、普通の大学、一浪して地元のA大農学部。うわあ。冴えない。本当は東京の大学行きたかったんだよね。私の学力じゃ私立しかいけないから親に反対されたわけだけどさあ」
α社。日中。
「吉川香織さんですね。学歴・経歴についてお願いします」
香織は面接官に笑顔で答える。
「学業では一年浪人したことで、深く広い知識を得ることができました。また地元の中高、大学へ進学したことで、地元への理解や愛を深められました」
自室。夜。
『志望動機』
香織は手を止めた。
「志望動機。うーん、安定?他に受けるところないし」
だが真実を書けば当然落とされるに決まっている。また落ちたら心が持たないかもしれない。嘘でもいいから何かひねり出さなくては。
α社。日中。
「弊社を志望した理由を教えてください」
α社の面接官たちに香織は朗々と語る。
「大学では農学を学びましたが、今度はその知識を生かし営業の仕事をしたいです。御社なら利益だけではなく社会への貢献も進んで行う方針があり、共感を持ちながら働けると思ったからです。また風通しのよい社風にも……」
自室。夜。
『十年後、どんな社員になりたいか』
履歴書を書き進めていた香織は、またしても手を止めた。この手の質問には吐気すらするようになった。
「えー。特にないんだけど」
α社。日中。
面接官が香織に問いかけた。
「もし採用された場合、吉川さんは10年後、このα社でどんな社員になりたいですか?」
「逆に質問いたします。今ここにいる社員の方々はご自分をどんな社員だと思っていますか?」
面接官たちが苦笑いをして画面から少し目をそらした。年配の部長クラスらしき面接官が、せきばらいをしてから答えた。
「そうですね。私の場合、与えられた役職に責任を持ち、会社のために邁進し、生きがいを持って仕事をする社員だと思っています」
「では私もそんな社員になりたいです」
自室。夜。
『取得資格』
「特にない。トイックも300点だったし。書けねえ」
α社。日中。
「吉川さんは何か資格など取られていますか?」
「いいえ。公的な資格試験は受けたことがありません。ですが留学生の友人を積極的に作り、常にコミュニケーションをはかるようにしていたので、英語は話せます」
「どの程度話せますか?」
「通訳ができる程度ですかね。トイックを受ければ少なくとも700点は取れると思います」
面接官たちは互いに目配せした。ほりだしものの骨董品でも見つけたかのようだった。
自室。夜。
『趣味特技・サークル活動等』
「なにもないんだけど。テニス部に入ってたけどすぐやめちゃったし」
α社。日中。
「趣味や特技などについて教えてください」
「はい。私はスポーツが趣味です。大学ではテニス部に所属し2年生から主将を務めました。部員から主将はあなたしかいないと強く押されたので。リーダーシップと連帯を学びました」
先ほどと同じ年配の面接官が顔をパッと輝かせて言う。
「へえ。僕も学生時代テニス部だったんですよ。なぜかテニスする人うちの会社受けなくてさあ。うれしいなぁ」
面接官の話は続いていく。香織は笑顔で相づちを打ち続ける。
自室。夜。
『その他』
「特にありません!って言ったら落とされるよね普通に」
α社。日中。
「その他何か言い残したことはありますか?」
「はい。私は学生時代にきたえたコミュニケーション能力を発揮して会社に貢献できます。B社、C社、D社からすでに内定をいただきましたが、御社に採用されたあかつきには他の内定はお断りするつもりです。御社へ熱意があるのでうんぬんかんぬん……」
自室。夜。
パソコンの画面の履歴書を見ながら、腹をかかえて香織は笑った。
「うける。これ誰だし」
α社。日中。
「すばらしい。吉川香織さん。この場で内定を出します」
「ありがとうございます」
香織は笑顔で頭を下げた。
自室。翌日。
スーツの香織が画面に入室する。今日はオンラインでのα社の面接だった。
「やっば。遅刻した」
だがいっこうに誰もこなかった。
「あれ?日程間違えてた?」
すると、画面にもう1人の香織が入室した。誇らしげな顔をしていた。
「え?私?」
もう1人の香織はあざ笑うように言った。
「何もない『あなた』は誰にも必要とされてないよ。いらない『あなた』の今後の活躍を祈るね」
もう一人の香織の画面が消えた。
画面には、本物だったはずの香織だけが取り残された。
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