第20話 いっぺん死んでみたらどうじゃ?

「一体全体、何が不満なのじゃ! 美少女が二人、俺の嫁! 男の夢じゃろ!? 毎晩日替わりで違う味を楽しめるのじゃぞ! もちろん同時に味わうのも良い!」


 幼女姿のウェヌスが、ふんふんと鼻息を荒くしながら問い詰めてくる。


「そりゃ、俺だってそういうのに憧れたこともあるが……」

「だったらなぜダメなのじゃ!? この国の貴族や富裕層の間では一夫多妻も当たり前じゃろう?」

「けどな、現実はそう甘くはない。妻同士が嫉妬し合ったり、愛されなくなった妻が夫を憎んだり、時には刃傷沙汰になることもあるらしいぞ。俺は思うんだよ。人の器には限界というものがあって、それ以上の相手を抱えようとしたらたぶん、痛い目を見ることになるってな。……俺なんかの器じゃあ一人で精一杯だ」


 ウェヌスは、はぁ、と大きくため息を吐いた。


「まったく。お主は変に堅物というか、真面目というか……眷姫を増やす最大のチャンスじゃというのに」


 クルシェが女であることが判明した後。

 結局【怨念石】の入手は諦めて、俺たちはいったんダンジョンから帰還し、学院へと戻って来ていた。


 実は安全地帯にはダンジョンの外に脱出するための転移魔法陣が設置されていて、帰りは一瞬だ。

 ただし脱出専用なので、再びそこまで行こうと思うと、もう一度第一層から踏破していかなければならないが。


「せっかく子を孕ませてくれると言うんじゃから、大人しく孕ませておけばいいものを……」


 酷い台詞だな。

 とても幼女の姿で言っていいものではない。


「だいたいそんなよく分からん掟なんかのために、俺みたいなおっさんとの間に子を作らされるとか、どう考えても可哀想だろ」


 俺がそう言うと、ウェヌスは心底呆れたような顔をした。


「………………お主、いっぺん死んでみたらどうじゃ? 馬鹿が治るかもしれぬぞ?」

「何でだよ?」




    ◇ ◇ ◇




『というわけで、相変わらずあやつは鈍感阿呆じゃから、アリア、お主に任せるぞ』

『ええ、分かったわ』


 ウェヌスの言葉に、アリアは苦笑気味に頷いた。


「それで、クルシェはどうしたいの?」

「ど、どうするも何も……ルーカスくんが、嫌だって言ってたし……」


 そう返したのはクルシェだ。

 枕を抱いてそこに顔半分を埋めている。

 その様はどう見ても乙女である。


 現在二人がいるのはクルシェの寝室だった。

 ベッドの上に座り、仲良く向かい合っている。


「嫌だなんて言ってはないでしょ?」

「ででで、でもっ…………ダメ、だって……」


 声が尻すぼみになるクルシェ。


「相手が断った場合、掟ではどうなっているの?」

「わ、分かんない。……そ、そういうケースでどうするかは、教えてもらってないし……」


 アリアはズバッと斬り込んだ。


「あなた、ルーカスのこと好きなんでしょ?」

「ふぇっ!?」


 ビクッと肩を震わせ、頓狂な声を上げるクルシェ。

 そして分かり易いほど慌てた様子で、


「そそそ、そんなことないって!? た、確かにっ、強くて優しくて、落ち着いてて頼れる人だなって思うし、かといって上から目線だったりしないし、たまに抜けてることがあるのも愛嬌があっていいなって思うし、パーティメンバーとしては尊敬してるし好きだけど……。あああっ、あくまで! 今のは、あくまでも仲間として好きっていう意味だからね……っ!?」


 必死に言い訳しているが、頬は真っ赤だし、彼のことを語る際の顔は完全に恋する乙女のそれだしで、まるで本心を隠せていない。


 この子、可愛いわねぇ……と、アリアは思わず心の中で微笑ましく思ってしまった。


 見透かされていることを悟ったのか、クルシェは「うぅ……」と呻いて完全に枕へと顔を埋めてしまう。

 それから恐る恐るといった様子で少しだけ顔を上げると、上目づかいでこちらを見てきた。


「も、もし……あくまで……あくまでの話だけど! ぼ、ぼくが……その……る、ルーカスくんの、お、お、お嫁さんに、なりたいって言ったら……ど、どうする?」

「歓迎するわ」

「や、やっぱりそうだよね……そんなことされたら、怒るに決まって――――えええっ!? いいの!?」


 飛びあがらんばかりに驚くクルシェ。


「前に言ったことがあると思うけれど、わたしは貴族の家に生まれたわ。だからわたしにとっては、当主が複数の妻を娶ることなんて当たり前なのよ。お父様にも三人の妻がいたし」

「そ、そうなんだ……。で、でもっ、それでもやっぱり嫉妬とかしちゃうでしょっ?」

「どうかしら? 確かにそのせいで大変なことになった家の話を聞いたことはあるけれど……少なくとも、わたしの家ではなかったわね。お母さまたちは三人とも仲が良かったし」


 アリア自身も、腹違いの弟妹たちとは仲良くやっていた。


「もちろん、だからと言って誰でも良いって訳じゃないわ。ちゃんとルーカスのことが好きで、人としても好感が持てる人がいいわね。だから――」


 言いながらアリアは身を乗り出すと、いきなりクルシェの頭を胸に掻き抱いた。


「わっ!?」

「――クルシェは合格! ふふふ、なんだか可愛いし、一緒にいて癒されるもの」

「あ、アリアさん……っ?」

「わたし、クルシェのことも好きよ?」

「ふぇっ!?」


 変な声を上げて逃げ出そうとする彼女を、「逃がさないわよ」とアリアはぎゅっと抱き締めた。


「こうしてるとなんだか妹のことを思い出すわね」

「ぼくが何で妹の方なの!?」

「クルシェって幾つだっけ?」

「ぼく、もうすぐ十八だよっ」

「あら、わたしより年上なのね。でも関係ないわ。嫁としてはわたしの方がお姉さんだもの」

「ま、まだ決まったわけじゃないし! ……る、ルーカスくんが、認めてくれない限りは……」


 アリアはクルシェを解放すると、その目を真正面から見詰めて微笑んだ。


「大丈夫よ。絶対に上手くいく方法があるから」

「ほ、ほんとに……?」

「任せておきなさい」


 もちろんアレを使うのである。

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