言葉の裏側

サトウ・レン

①覆面座談会編

〈エンタメ情報誌「ミケランジェロ」にて年末に開催された編集者による覆面座談会〉


――さぁこの座談会も今年で4回目になります。なんか年末の恒例行事みたいになってきましたねぇ。


A「なんかテンション高いね」


――いや毎年、この座談会が楽しみなんですよ。毎回メンバーが変わるのにいつも作品や作家への言葉に容赦がない! それに、ゲスい話も。働き盛りに当たる世代の中心が平成生まれになっているこの時代に考えられないほど、品性下劣。小説づくりに携わる者とは思えないほどに。いつもみなさんリミッターを外して暴走してくれるので、いやいや、関わることへの恐怖と同じくらい、期待があるんですよ。


B「初っ端から、司会者がリミッターを外して暴走しちゃってるじゃない」


C「そもそも作家や編集者だから品性がある、という考えがまず古いですね。知性や文章力と品性は別物です。知り合いの編集者から聞いたんですけど、中堅作家のOくんなんて、お気に入りの風俗嬢に入れあげすぎて、ついにはストーカーの一歩手前みたいな状態になったらしいですよ。怖いお兄さんに殴られてようやく諦めがついたみたいですけど、『あいつがいなきゃ、俺は書けねー』なんて担当編集はその風俗嬢への未練をずっと聞かされる、って」


B「あのひとの作品って妙に説教っぽい、というか、私は会ったことないけど、噂を聞く限り、作品の雰囲気をそのまま作者に当て嵌めても納得できるようなひとみたいだね。これも噂なんだけど、よくドラマや映画化の話は出るけど、すぐに無くなるっていうのは聞いてて、すごく腑に落ちるっていうか。私たちの世代の女性なんかは、ああいう作品どうも乗れなくて」


――おおっと、もうアクセル全開ですね。このまま聞いていたいのは山々ですが、まずはこの座談会について説明させてください。この座談会は大手出版社5社に協力をお願いして、各社1名を選出、計5名による覆面形式の座談会でテーマに沿った何人かの作家とその作品への忌憚のない評価とそれに絡めて現在の出版界について語ってもらう、というもので……。過激な言葉がちょいちょい飛び出しては、毎年、一部で話題になって……。


A「あぁ、長い長い」


――いやいや、Aさんは唯一の皆勤賞だから聞き飽きているかもしれませんが、他の人は……(笑) そしてちょっと呑んできてますね。


A「好きにしていい、って言うから」


――もちろん。ここは時代から取り残された場所ですから。好き勝手にしてください(笑)


D「みんな自由ですね(笑)」


E「Dくんは今回一番年下だね。だけど今日は上下関係なんて気にせず、積極的に発言するといいよ」


A「まぁそういう言葉を鵜呑みにして、クビの飛んだ若手編集者を何人も見てきたけどね」


B「最年長のAさんの若い頃ならそういう話がごろごろ転がってそうだけど、今はそういう上司なんて、ほとんどいないでしょう。Dくん、気にすることないから、頑張りましょ」


C「まったくBさんもEさんも、若い人に甘いんだから……。(司会者を見て)ほらっ、早く始めないと、無駄話で今日が終わりますよ」


――まぁその無駄話を聞いてるだけでも楽しいんですけどね。ではでは、今回のテーマと、俎上に上げられる作家と作品を発表しますね。


今回のテーマは〈今年の新人王は誰だ?〉ということで、今後一番期待できる作家が誰か、今年話題になった3人の新人作家について語ってもらおう、と思っていて、


①佐藤蓮『地球爆破計画』

②大友圭介『ソールドアウト』

③内野浩平『信長の失恋』


みなさんには各作品に忌憚のない評価をA、B、Cの三段階評価で付けてもらっています。


A「個性的な顔ぶれと言えば聞こえはいいんだけど、なんか物足りない、というか、食い足りない、というか……。地に足が付いていないんだよね。ふわふわしている。大人の読者を舐めているような作品が、最近、本当に多いよ。特に――」


――ま、まぁまぁ。では、まず①の佐藤蓮『地球爆破計画』から、お願いします。


A「評価はもちろんCだよ。大人の読者を舐めている作品の最たる例がこの小説だよ。そもそもこのラインナップの中に入ること自体が、謎、だよね。小説のレベルが他の2作品に比べてかなり劣るかな。日本を壊そうが地球を壊そうが、そんなのは作者の自由だけど、必然性もなけりゃリアリティもない、文章力もなけりゃ、構成も下手。どこを評価すればいいんだろうね。こういうの書くなら、もっと腰を据えないと。小松左京先生が、『日本沈没』を半世紀近くも前に書いていた、という事実を、作者はもっと真剣に考えたほうがいいかもしれない」


B「いきなり、ばっさり(笑) まぁ確かに文章力やリアリティが皆無に等しいのは事実で、私の評価もCなんだけど、実は佐藤くんにはちょっと期待しているところもあって、男性なんだけど女性の書き方が悪くない、というか、良い線いってるのよね。実は今日のために、ちょっとこの作品のレビュー漁ったんだけど、逆に男性読者からは、この主人公の青年のなよっとした感じが受け入れられにくいみたい。でも私世代の女性には結構好かれる感じだし、若い男性アイドルでも起用して映画化すれば、ヒットするんじゃない」


C「まぁweb発の小説は映像化と親和性が強いですからね。でも今回は未来の映像化の話をしているのではなく、今ここにある作品と向き合う時間ですからね。……ということで、私もC評価です」


B「結局同じじゃない(笑) その心得は」


C「語るに値しない。この作品にはそれでじゅうぶんです」


A「いやいや、言葉遣いは丁寧だけど、一番ひどいこと言ってるよ(笑)」


C「だって、ここは忌憚のない言葉で語る場なんですよね。だったら語る気のない作品に、言葉を費やしたくはありません」


――ははっ(渇いた笑い)。……では、次はDさん。


A「忌憚のない意見だからね。正直に答えないと駄目だよ」


D「は、はい。ありがとうございます。僕はA寄りのB評価です。確かに彼の作品は粗が多い。それに荒唐無稽という言葉に対して否定する言葉を僕は持っていません。ですけれど、壮大な世界を描きたい、という想いはおそらく今回の3作の中でもっとも強いと思います。破綻を恐れない自由さに僕はすごい惹かれます。そしていつかとんでもない傑作を書くと信じても――」


A「青いなー(笑)」


E「それが若さってものですよ。いや、羨ましい限りです」


A「Eくんも私に比べれば、だいぶ若いんだけどね(笑)」


E「いやいや、もう身体のあちこちがガタガタです(笑) あぁ、えっと評価ですね。私もB評価ですが、私はどちらかと言えば、C寄りのB評価ですね。まず彼は若い。若いっていいですよ。才能のある若者、ってそれだけで魅力的なんですよ。アルチュール・ランボー、綿矢りさ、平野啓一郎……若くから活躍する人しか放てない光彩があるのです。別に佐藤さんは彼らほど若いわけじゃないですが、やっぱり若さにはアドバンテージがあります」


C「作品の面白さがすべてで、年齢はそれほど関係ない、と私は思っています」


A「Eさん、また若い女性作家とトラブル起こさないでよ(笑)」


E「Aさん、またそんな昔の話を(笑)」


A「そんな昔じゃない気もするけど(笑)」


――と、とりあえず。まぁそろそろ次の作品に行きましょうか。次は大友圭介『ソールドアウト』を、お願いします。


A「最初の印象に比べて、読後感はそんなに悪くはなかったかな。ただ良くもなかった、というのが正直な印象。ほらコンビニが舞台だろ。なんか導入が、村田沙耶香の『コンビニ人間』みたいな感じがして、なんだ二番煎じか、って思って印象があんまりね」


C「コンビニが舞台ってだけで、他は何も似てないでしょう」


A「まぁそうなんだけどな(笑) 評価はとりあえずBかな。コンビニの売り切れによる、店員と客のトラブルが周囲の色々な人間に意外な影響を与えていて、大きな騒動に繋がっていく、ってところはいいよな。でもそれこそあれは伊坂幸太郎くんの初期作品とかの影響を感じるところがあって、うーん、もっとオリジナル性が欲しいな、と」


C「それに関しては否定できないところですが、ただ大友さんは抜群に小説づくりが上手い。結局小説に一番大事なのは技巧ですよ」


A「上手いだけで後に何も残らない作品を描く小説家って、かわいげがないんだよなぁ」


C「小説に大事なのは面白さと上手さです。かわいげを競う場ではありません。よって私の評価はAです」


B「私はごめん、C評価。確かに上手いかもしれないけど、男尊女卑の意識を、この人、根強く持ってるでしょ。私は嫌いだなぁ。女性を都合の良い物としてしか扱ってない作家って。私みたいな世代の女性は、こういうの特に嫌うよ」


C「彼は、決してその辺の意識に鈍感な作家ではないですよ。敢えての、意図的な創作を、いや、そもそも創作を、曖昧な感情論で非難されるのは、すこし心外です。まぁここで喧嘩するつもりはないですが、これ以上、そんな話は聞きたくないですね」


B「ごめんごめん」


C「いえ、こちらも言い過ぎました。じゃあDくん、忖度してはいけませんよ。本音で言ってください」


D「僕の評価はBです。人物の描き方はそこまで気になりませんでしたし、上手い小説だな、と思いましたが、やっぱり先行作の影響というのは気になりました。この部分は、あの作品のここで、みたいなのが透けて見える感じがちょっと……」


C「そうですか……」


D「すみません……」


E「まぁまぁ。……私の評価なんですが、私はC評価を付けさせてもらいました。私がもっとも嫌いなのは若作りです。若さへの未練たらしさほど反吐が出るものはありません。この作品が許されるのは、20代までです。なのに、作者の年齢は50代という話じゃありませんか」


C「その考えはどうなんでしょうか。問題は作品の中身であり、作者の年齢なんて関係ないはずです」


E「作品はひとが創るものである以上、その先にいる作者まで見るのは当然のことです」


B「まぁまぁ、小説の価値観はそれぞれ、ってことで(笑)」


――は、ははっ……(苦笑い)、まぁまぁ喧嘩は終わってからにしましょう。時間も結構経ちましたし……。最後は内野浩平『信長の失恋』ですね。お願いします。


A「今回の3作品だったら、これしか無いと思うんだけど。絶対評価でAだよ。不思議な手触りな作品なんだけど、その不思議さにリアリティがある。付け焼刃じゃない知識に裏打ちされたリアリティに、豊饒な物語。信長と藤吉郎の男性同士の恋を軸に、その中にひとりの女性を絡める三角関係があって、いいんだよ、これが。藤吉郎は女性にしか興味がないもんだから、信長の片想いになるわけなんだけど……。いやいや、読んでて胸が切なくなる作品なんだ」


E「年相応の落ち着いた物語を書いてますね。若作りをしていない作品ってのは好感が持てますよ。瑞々しさを文章に感じられないのは残念ですが、私もA評価です。多少相対評価も混じっていますが……。デビュー作ですが、来年の直木賞候補になるかもしれませんね」


A「残念ながら出版時期がちょっとずれてて、今年を逃したせいで、来年は対象外なんだよ」


B「男性の描く時代小説の女性って、私みたいな女性はすごい引っかかることが多いけど、これは悪くなかったな。価値観に現代的な考えがしっかり取り込まれている感じがする。後、派手なシーンも多くて、ドラマ映えしそうで、いいな、ってのもある。私も、もちろんA評価」


C「時代小説なんだから、当時の考えを反映させればいい、と逆に私は思いますが……、まぁこれは難癖でしたね。確かにこの作品には粗もあるけれど、確かに面白いし、Aさんがさっき言った『後に残る』っていうのも分かる作品です。『ソールドアウト』にA評価を付けたので、相対的にB評価とします。限りなくA寄りのB評価です」


A「あれっ、技巧至上主義のCくんがめずらしい(にやにやと笑う)」


C「……あ、いや、さっきは熱くなって、言い過ぎてしまいました……。すみません」


B「まぁまぁ許してあげましょうよ。気持ちは私も分かるし、Aさんも分かるでしょ?」


A「まぁ当然分かる。じゃあ最後にDくん。忖度をしてはいけないよ。本音で言いなさい」


E「そう、若いんだから、忖度なんて覚えちゃいけない。若い内は、鼻っ柱が強くていいんだよ」


D「僕は、……C評価です。まず僕はこの作品に新しいものを創り出したい、という想いを受け取ることができませんでした。女性の描き方ですが、僕は逆に都合が良い描き方をしているな、と思いましたし、〈若作り〉という表現がどういうものなのか、まだ分かりかねている部分はありますが、私はこちらの方に『ソールドアウト』よりも〈若作り〉的なものを感じてしまいました。とりあえずBLが世の中で人気みたいだから乗っかっておこう、というのが伝わってくるくらい、描写に心打たれるものがないんですよね。この作品、すくなくとも僕の印象には残りませんでした」


A「ふーん……勇敢だねぇ……」


D「すみません……嘘は吐けない性分なので」


――(司会者、慌てて)さ、さぁとりあえず、評価が出揃ったので、新人王を決めましょう。ほら、もう時間が……。


①佐藤蓮『地球爆破計画』

B評価 2個

C評価 3個


②大友圭介『ソールドアウト』

A評価 1個

B評価 2個

C評価 2個


③内野浩平『信長の失恋』

A評価 3個

B評価 1個

C評価 1個


というわけで、今年の新人王は内野浩平『信長の失恋』に決まりました!


(一同拍手)


     ※


〈座談会終了後〉


B「まさか選ばれた3作品の担当編集者がいる中で、講評することになるなんて」


C「わざとですよ。この座談会の企画者は底意地悪いことで有名ですから。それより私の担当した作品に、『男尊女卑がー』なんてひどいじゃないですか……」


B「本音で言わないといけないんでしょ」


C「全員に対してそうなら、私だって文句は言いませんよ」


B「だってAさんの作品に文句を付けたら、後で面倒くさいじゃない。正直一番読むのがしんどかったんだから。つまらない作品を褒めるの、本当につらいんだから」


C「気持ちは分かりますけど、彼は大丈夫かなー?」


E「あれこそ若さですよ」


B「あ、Eさん。AさんとDくんはまだ部屋の中ですか?」


E「険悪な雰囲気から逃げてきました。若い時は、あれでいいんですよ。まぁもうちょっとしたら牙も抜けていくんでしょうが……。それがとてもつまらないのは事実ですが、仕方のないことです。だから私は牙の抜ける前の若者が好きなんです」


C「でも……Dくんに、編集者としてのこれからがあるんでしょうか?」


B「あそこの出版社って、Aさんのパワハラがすごくて辞めていく編集者が後を絶たないって聞くからね。そんなAさんに目を付けられちゃって……」


C「あぁ、怖い怖い……、『忖度するな』『本音で言え』、ってわざわざ言った意味をしっかりと考えないと駄目だよ、彼は」

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