第4話(打ち合わせ)

 ローエは授業を終えると寮へに向かわず、その足で冒険者ギルドに立ち寄った。何だかんだ言って、午後の授業を受けて、研究室によって顔を出して少しだけ実験の手伝いをした。

 今日はある男と待ち合わせ。待合室に目的の人物がいないか周りを見渡した。夕方に近い時間帯、冒険者の数は日中よりも少ないとは言え、待合室の席が埋まるくらい人はいた。ローエは目的の人物を探しに目を動かして、首を振っていると声を掛けられた。

「よ、こっちだ」

 ショートヘアの黒色の髪。珍しい翡翠のような緑色の瞳。柄のない白い半袖の上着に黒い長ズボン。首には銀色に輝く剣のネックレス。おまけに両耳には赤く光沢のあるボールピアスをつけている。

 男は待合室横に設けられている席にローエを案内した。男はローエよりも先に冒険者ギルドに訪れて、事前に席を確保していたようだ。

 それぞれ机を挟み、向かい合うようにして席へ座ると、ローエが最初に口を開けた。

「お待たせしました」

「そんな待ってないから気にするな。あの時は無理に止めて悪かった。俺の名はデュカル、治癒師だ」

「私の名前はローエ。魔術都市に通う魔術師です。昨日の火傷のことはすみません」

 初めてする二人の自己紹介。デュカルは慣れた感じで話をするが、ローエの方は何処かぎこちない。昨日の一件がどうやら尾を引いているのかもしれない。

「気にしてねえ。危ない女だとは思ったけどな。それでどうして今日会おうと思ったんだ?」

「単刀直入に、デュカルさんは魔王をご存じなんですよね?」

「ああ、知っている」

 二人はいかにも当たり前のように顔を合わせた。この世界で魔王を信じる者同士が接触するのは珍しい。あり得ないと誇張した表現をしても決して大袈裟ではない。それくらい、冒険者同士が魔王を話題にすることはない。

「あなたはどうして魔王を追っているのですか?」

「俺はある魔王の手がかりを探している。お前こそどうして?」

 ある魔王が一体、何なのかローエは気になった。デュカルに自分の気持ちを押し殺して、仕方なく質問に答える。

「私は永遠病に関する調査のため、魔王を探しています」

 永遠病と聞いて何のことやらとデュカルは首をかしげた。

「お互い色々聞きたいことがありそうですね」

 その様子を見てローエは仕切り直す。

「そのようだな」

「私が先に聞いても大丈夫ですか?」

「良いぞ」

「探している魔王って誰なんですか?」

「魔王の名はディスパテル。おとぎ話の魔王だ」

「本物ですか?」

 初めて聞く魔王の名。ローエはそれが本物か偽りか判別する術はない。現状、確かなものとして、永遠病によって引き起こされる魔王とおとぎ話の魔王は別物であることが分かった。

 ローエは念のため確認する。もしかしたら、デュカルが発言を覆すかもしれない。ローエはデュカルに小さな疑念を抱いた。

「本物だ。間違いようがない。何度も自らそう名乗った」

 男の主張は覆らなかった。そんな疑念は不要だった。

「本物の魔王……」

 ローエはそれを聞いて、言葉が続かなかった。ローエは一点を見つめて、自分の知らない世界が広がっていく、先の見えない不安にさいなまれていた。まさか、魔王と勇者のおとぎ話に、魔王の名前があるとはローエ自身も受け折れるのに数秒かかった。

「ぼーと知ってどうした。大丈夫か?」

「すみません、大丈夫です」

「次は俺の番に移っても?」

「どうぞ」

 デュカルは一度、咳払いをしてローエに質問した。

「永遠病ってのは何だ?」

「人が魔王になる病気です」

「そりゃあやべえな。それが偽物の魔王の正体ってわけか」

 デュカルはため息をついて、強張っていた肩の力を抜いた。

「早く止めないと次の魔王がこの国に現れます。早速なんですけど、デュカルさんは魔王がいつ現れると思いますか?」

「分からない。俺は占いや星詠みと言った未来予測は、からっきしだからな」

「じゃあ、デュカルさんは、どうしてこの国に訪れたんですか?」

「魔王が出現するなら次はここだろうと思った」

「え!? それは本当ですか」

 ローエは机から身を乗り出して、デュカルと顔を突き合わせた。

「近いって」

 ローエはすみませんと一言呟いて、近づけた顔を離した。

 デュカルは話を続ける。

「あくまで俺の予想だ。冒険者ギルドが発行する行方不明者の一覧を見たことはあるか?」

「亡くなった方ではなく、行方不明者ですか?」

「そうだ」

 冒険中に命を落とす。冒険者は沢山いる。ギルド職員で構成された調査部隊が迷宮におもむき亡くなった人の遺体を探して、見つかった場合は埋葬する事もある。しかし、残念な事にその遺体が見つからない場合もある。そういう時は、冒険者ギルドが行方不明者捜索のため冒険者に協力を仰ぎ行方不明者のリストを作成している。

「目を通したことは無いです」

「毎月少なくない数の行方不明者がいる中で、色々な国の情報を目に通した時に、魔術都市の数が平均よりも多かった。普段は全世界で一番低いのに、ここ一年で十人以上が行方不明になってんだ」

「それと何か関係があるんですか?」

 ローエは魔王と行方不明者がどのように結びつくか、まだ紐付けられなかった。八星冒険者とはいえ、駆け出し冒険者には変わりない。

「行方不明の原因は大抵、魔王──、紛らわしいな。ディスパテルも関わってることが多い。一部の地域に長期間動かない事もある。この習性のおかげで俺は、奴に四度も会った。もしかしたら、今回も奴が来ると思って魔術都市に来たってわけだ」

「そうなると、私が追っている魔王とは別の可能性が高いという事ですね」

 ローエは先ほどとは打って変わってかなり落ち込んだ。せっかく魔王を知る者に接触することが出来たのに、また振り出しに戻ってしまった。

 それを見たデュカルは、ローエが口にしたことを否定する。

「そう答えを急ぐな。ディスパテルが残していくものは興味深いものが多いんだ。何時もあいつが過ぎ去った後、何か赤い血だまりが出来てる。間違いなく奴も何かを追っていて、そして殺しているはずだ」

「その殺しているのが」

 ローエが答えを出す前にデュカルは強く頷いた。

「もしかしたら、お前が追う魔王だろうな」

「俺から提案なんだが、ちょっと行方不明者が出た場所に行ってみないか?」

「場所は何処なのでしょうか?」

「ランク制限のある、迷宮だった。旧都ヘクセレン、霧海むかいの森、ダブラウル洞窟の三つだ」

「どこも行ったことない迷宮です」

「俺は一度だけ、他のパーティーのお供で行ったことがある。だが、俺は一人じゃいけない」

 そう言ってデュカルは赤色のギルドカードをローエに渡した。

「七星」

 後ろを確認すると、名前も知らない迷宮の名前が左端の部分が埋まるくらい記載されていた。確認が終わるとローエはデュカルにギルドカードを返却した。

「そう、ギリギリ足りねえ」

「どうしてですか?」

「八星になる前にお世話になっていた教官が亡くなったのと、冒険者ギルドの規則を破っていたら、推薦する教官もいなくなった。冒険者ランクは七星のまま止まっている。現状は軽く冒険者ギルドから干されつつある」

「そうなんですね……」

 デュカルに対して若干引き気味のローエ。長い間、冒険者ギルドに放っておかれるのもそうそうある物じゃない。一体どんな規則を破れば、自由奔放な冒険者の教官を敵に回すのだろうか。冒険者ギルドに不利益なことや、極悪非道な悪事を働いたに違いない。

「だから俺は、この国で魔王がいそうな迷宮に一人で入れない」

「そこで私に声を掛けたんですね」

「まあな、この時期のマグニ噴火口はランク制限があるからな」

「私がもし断ったらどうするつもりだったんですか?」

「なるようにはなるだろうよ。幸い、行先は高難度の迷宮だ。挑戦して奥地まで迷宮を攻略すれば、踏破記録に残せる。それを餌にすれば食いつくやつは数人いるさ」

「魔王の事情は話さないんですか?」

 ローエの何気ない質問に、デュカルは不快感をあらわにした。

「俺をおちょくってんのか? 話すわけねえだろう。魔王を信じて勇者を夢見る時代は終わってんだよ。誰も信じやしねえよ。言えば全員俺を笑いものにして、相手にもされねえ。お前はなんか当たり前みたいな顔しているが、今こうやって魔王について話をしていること自体、普通じゃねえんだよ」

「ですよね」

 ローエはデュカルの指摘に苦笑いを見せた。ローエもついこの間、聖国で同じ対応をされたばかりだ。嫌な思い出が微かに脳裏によぎる。

「それで、俺と組むか?」

 デュカルに尋ねられて、ローエは迷う素振りも見せることなく、返事をした。

「デュカルさんが良ければ」

「俺に実力が無くても平気か?」

「大丈夫です。強い弱いに拘りはありません。そもそもデュカルさんは治癒師ですよね、強さ弱さなんてどうでも良いです」

「そりゃ、どうも」

 デュカルは自身が無さそうに肩を小さく落とす。

「最初は何処を攻略しますか?」

「旧都ヘクセレン。一日で行き来、出来るから手っ取り早い。おまけに、活動資金も手に入れたいしな」

「私は異論なしです」

「決まりだ」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」

 そう言って、デュカルはローエの来ている服に目を通した。茶色で統一された上下の制服。改めてローエが各園都市の生徒だと実感する。

「話変わるけど、学園の生徒なんだろ?」

「そうですけど」

「学園の方は良いのか?」

 冒険に現を抜かす暇が果たして、ローエにあるのかデュカルは心配になった。魔術都市の成績について聞いてみる。

「成績の方は大丈夫です。あとは卒業するだけなので」

「お前、優等生かよ。しかも、冒険者ランクは八とか化け物だな」

 デュカルの率直な意見だった。二兎を追う者は一兎をも得ず。どちらかを逃すのが、普通なのにローエは両方とも一定の資格を手に入れている。特に冒険者の八星の審査は高難度だ。上がらない人は一生上がらないこともある。一体どんな功績でランクを上げたのか興味を持つが、ローエの機嫌悪そうな表情を見て質問を控えた。

「デュカルさん」

「なんだ?」

「お前じゃありません、ローエです」

「お前」

「ローエです」

「お前」

「……」

 無言の圧。ローエはお前と言い続けるデュカルに睨みを利かせる。何としてでもデュカルに自分を名前で呼ばせたい強い意志が籠っていた。

「わーったよ、ローエ。俺のこともデュカルで良いよ。後、敬語も不要な」

 諦める形でデュカルが先に折れた。デュカルもデュカルで対等な関係を望んでいる。むしろ、デュカルは堅苦しい敬語というものが好きではない。何処か距離を置くその物言いは、冒険者の自由なあり方に相応しくない。

 早速、ローエもデュカルに対する敬語を取払った。

「ねえ、デュカル、少しお腹すいたし何か食べに行かない?」

 ローエは友達を誘うがごとく、軽い雰囲気でデュカルを食事に誘った。

「俺は喉が渇いた。この辺の店あまり知らないから紹介してくれ」

「実は私もよく知らない」

「おい、ローエ。何年ここに住んでいるんだ?」

「もう六年かな」

「一件くらい知っているだろう」

「全て漏れもなく、魔術に費やしたわ」

 若く楽しい時間を犠牲にしたと思うと、デュカルは返事を一瞬、躊躇ためらった。

「なるほど、優等生にもなるわけだ。ローエが知らないんじゃ、冒険者ギルドでおすすめの店でも聞いてみるか」

「それは冒険者としてどうなの? 冒険者なら自分で探すべきじゃない?」

「はあ、適当な店探すべ」

 面倒くさいなと言うのが半分。可愛い奴だなと思うのが半分。そのうずうず光るローエの瞳を見て、デュカルは意見するのも諦めた。これも小さな冒険だ。これから嫌でも多くの冒険が待っているかもしれないのに、デュカルはこの小さな冒険を嫌とは思わなかった。

 二人は何処かウマが合うのかもしれない。

「悪いね付き合わせて」

 そう言って二人は冒険者ギルドを出て、お店探しを始めた。

 冒険者ギルドの近くに雰囲気が良さそうなお店を見つけて、迷わずその店を選んで中に入った。

 デュカルが扉を開けるとチリンチリンと鈴が鳴った。後にはローエが続く。

「いらっしゃいませ」

 左手に見えるカウンター、その反対にはいくつか四人掛けの席が用意されている。バーのようなシックな雰囲気に、喫茶店のような気軽さを感じる。夜には早く昼には遅い時間だが、お客さんはそこそこいた。いくつかの席は既に埋まっている。

 お店になれない二人を見てカウンターにいるこの店の主人と思わしき、男性が二人に声を掛ける。

「このお店ははじめてかい?」

「はい」

 とローエが答えた

「好きな席に座りな。常連さんが座る席もあるから、そういう時は注意するけど、この時間はいないから気にしなくて良いぜ」

 そう言って二人はカウンター席に座る。

 二人の前には燕尾服を着用した初老の男性。渋い出で立ちに、年を多く重ねたのか顔にはいくつか深いしわがある。店の主人は、カウンターで白く清潔なタオルを使ってグラスを念入りに拭いている。整えられた短い白い髪と白い髭。髭は口の周りと、眉間にまで届きそうな位置にまである。肌は日焼けしたように茶色い。

「ようこそ。マルゼハーレンに」

 そう言って、メニュー表を二人に渡す。

「店長。この時間でも酒は飲めるのか?」

 グラスを台所に置き、デュカルの前に人差し指を立てて、左右に動かす。

「ここではマスターと呼んでくれ」

 渋い声が店の音楽のように流れる。

「お、おう。んで、マスターお酒は飲めるのか?」

「出せるぜ。だが、未成年は飲めない。念のためギルドカードを見せてくれ」

 デュカルはギルドカードをマスターに渡すと、確認が済んだようで、すぐにデュカルの手元へ戻った。

「用意するから少し待ってな」

 お酒が出る魔道具の取っ手をひいて、グラスにお酒を入れる。

「はい、お待ち」

 目の前に現れたお酒を目に、デュカルは唾をごくりと飲んだ。

 デュカルはメニュー表を開いているローエを無視して、酒が入ったグラスに手をつけて一口飲む。

 デュカルは爽やかな顔をして、マスタ―に声を掛ける。

「この店、最高だな!」

「それは、嬉しいな。常連さんになってくれるとありがたい」

 マスターは再びグラスを丁寧に拭き始めた。

 ローエはメニュー表と睨めっこしていて、中々料理を頼めないでいた。

 それを見たマスターがローエに丁寧な言葉で話しかける。

「ここのおすすめメニューはブリリアントポークの照り焼きです。少々値は張りますが、一口いかがでしょうか?」

「それ、注文します」

 迷わずローエは答えた。

「かしこまりました。それでは準備をします」

 主人は冷蔵庫と思われる箱から、光り輝く肉を取り出して、ナイフで一人分の大きさに切り分ける。調味料をまぶし、フライパンで肉を熱しった。横にある鍋から秘伝のたれを肉に垂らすと、香ばしい香りが店中を包み込んだ。しばらく肉に火を通すと、お皿に盛りつけて、ローエの前に料理を出した。

「はい、お待ち同様」

 美しい肉の姿を見たローエはごくりと喉を鳴らし両手をバチンと叩いた。

「いただきます」

 ローエは口に肉を上品に切り分けて、鼻歌を歌いながら料理を堪能した。

 それを嬉しそうにマスターとデュカルは見守った。

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