第63話 銃撃-3

 そのとき、ギャングのボスらしき男が歩み寄り、老人に向けられた銃を上へとひねった。

 老人は、ボスに向かって抱えていた二つの瓶をうやうやしく差し出した。

 そして男が老人から瓶を受け取ったとき、『かわます亭』からそっと抜け出した男がこう大声で叫んだ。


「『犬』が来たぞ! 『犬』が来たぞ!」


 ボスらしき男は酒瓶を持ったまま、その手をふり上げて「ずらかるぞ!」と声をあげた。その一声で、店の中に略奪に入っていたギャングどもはいっせいに通りに出ると、一目散に逃げだした。

 なり響いていたアラームはいつしか止んだ。やはり警察は来なかったようだ(まえも言ったけど、『開拓団』地域では警察が動くのは『猫』がからんだときぐらいだ)。


 通りが静かになって、『かわます亭』の面々はバリケードの陰から身を起こした。さきほどの老人は通りの隅でじっとしていたけれど、『かわます亭』のひとりが


「おおい、ハム! 奴らはいったぞ!」


と声をかけると、老人はすっと背筋を伸ばし、服のよごれを払いながらこちらを見た。


 驚くべきことに、老人の背中はまっすぐで、歩き方は僕なんかよりよほどしゃっきりしていた。店の常連たちはあっという間にバリケードを崩すと、テーブルや椅子をもとあった場所へとなおした。


 そこへ老人が入ってきて、「犬が来た」と叫んだ若者をとなりに引き寄せると、目に見えない帽子を頭から持ち上げ、みんなに向かってお辞儀をした。


「あいつは舞台役者なんだよ。若いころから変わらないねえ……」


と鳴子さんがほれぼれするように言うので、僕はようやく事態が呑み込めたのだった。

 もしも僕が飛び出して行ったら、すべてが台無しだったわけだ。鳴子さんは僕に言った。


「お前さんのまっすぐな心根は感心するが、よく見ておおき。本当に必要なのは心に見合った知恵と腕前さ。ああいうのが本当の勇気っていうんだよ。なんでも感情に流されて駅の近くで迷って死にかけるのは勇気とは言わないんだよ!」


 僕はたぶんあのことをこの先ずっと言われるのだろうな、と暗く思ったけれど、鳴子さんは最後にこう付け加えた。


「怜を愛してるんだろ!」


 鳴子さんは、僕のことを本当に心配してくれているのだな、とその一言ですべてが伝わった。事情を詳しく話さなくても、たぶん僕が何か覚悟をきめなくちゃならなかったのを鳴子さんは感じていたのだ。そして、鳴子さんは正しかった。


 怜にふさわしくなるために、ジーナを守るために、たぶん僕はほんとうの意味であの老人のようにならなくてはいけなかったのだ。

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