第38話 日曜日にはネズミを殺せ-終

 家に戻ると、ジーナはご飯を勢いよく食べた。

 やはりお腹を空かせていたのだろう。

 そして、仁(じん)さんはジーナが僕に爪でつけた傷を消毒してくれた。


「まさか亘平のほうが医者を必要とするとはね。しかし腕はともかく、なんで顔にまで傷ができるのかねえ……」


 仁さんはあきれたようにつぶやき、僕はしみる傷を我慢した。

 ジーナが帰ってきてくれたことを思えば、何のことはなかった。


「そうだこれ、ジーナにあげるわ」


 怜(とき)はそういうと、ネズミのおもちゃを一つ僕に手渡した。


「そういえば、八個目のネズミはどうやって回転させたんだい」


 僕がそういうと、怜はひとまとめにして肩にかけている自分の髪を指さした。


「片側の車輪に絡めただけ」


 つまり、片側の車輪の速度が落ちて、ネズミはスイッチのところへは戻らずにその場でぐるぐるまわった、というわけだった。

 機転が利くというのはこういうことを言うのだろう。


「それはそうと、ジーナが家出した理由は分かったのかい?」


 鳴子さんはジーナに目をやりながら僕に聞いた。


「いや……お腹がたくさんになって、機嫌が直ったら聞くよ」


 僕がそういうと、鳴子さんはあきれ気味にこう言った。


「そんなに悠長なこと言ってていいのかね? ジーナ、いいのかい」


「ぱっぱ嫌いにょ」


 ジーナはご飯の皿から顔を上げずにこう言った。

 僕は困り果てて鳴子さんを見ると、鳴子さんはなぜか遥さんと話がはずんでいる怜の方に目をやった。


「……亘平……ほんとにお前ってやつは鈍感だねえ……。ジーナ、おまえなんでこの家から逃げ出したんだい? まだ怒ってるんだろう……?」


 ジーナは無言でミルクのついた顔を洗うと、前足をそろえて正座した。

(猫が尻尾をきちっと前足の上にのせる、あの毅然としたポーズだ)


「ジーナ、まだ怒ってるのかい……?」


 僕が恐る恐るジーナにそう聞くと、ジーナは大きな鳴き声でこう言った。


「ぱっぱ、さいきん、ジーナとあそばないにゃ。ジーナより『とき』が好きにゅ! 『とき』のほうがジーナより大切にょ!」


「うーわ!」


 僕は思わず無意識に声を出し、鳴子さんは肩をすくめ、仁さんはなぜか嬉しそうにニコニコし、遥さんは豪快に笑いだした。

 そして、怜は苦虫をかみつぶしたような……僕の心をえぐるような困惑した態度を示していた。


「ジー、ジーナ。僕はジーナが大好きだよ。怜は大切な友達だ」


 僕がジーナを抱きかかえながらそういうと、ジーナは何も言わずに僕の懐に頭を突っ込んだ。

 隙間からのぞいたぺったんこになった耳が、ゴロゴロとかすかにふるえていた。

 みんなが帰ったあと、もうこの間ほどの孤独は僕を襲わなかった。


「ジーナ、僕の金色お月さん」


 僕はいつも通りそう言いながらジーナの背中を撫で、ジーナはお腹の上でくつろぎ、子猫のころのような部屋中に響く喉の音で僕はこの上なく幸せに眠ることができた。

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