第23話 セカンド・インパクト-2
彼女は笑いながらまずバーテンダーに
「どれかおすすめのをお願い、軽いのがいい」
と注文を通すと、鳴子さんに向き合った。
「ほんとはこの人のことあんまり知らないの。このあいだ、たまたま散歩の途中でいっしょになって、お話したのよね。だから名前も知らないの」
彼女は飲み物で一息ついたが、その飲みっぷりはなかなかのものだった。
それをみて、鳴子なるこさんはいきなり彼女のことが気に入ったみたいだった。
「ええ、センター風だけどさ、あんた、気さくでいい子じゃないか」
「ありがとう、ところであなたに渡さなきゃね。ちょっとこれはヒミツ」
彼女はそう言って状況の飲み込めない僕を店の隅の方に引っ張っていった。
僕は彼女にこう小さな声できいた。
「どうしてここへ……?」
彼女はニヤリと笑って言った。
「会いたい人がいたのよ」
僕はちょっとドキッとして彼女を見たけれど、彼女はそれ以上は表情を変えずに、上着に隠すようにして(つまりまるで違法ネコカインを渡すようにして)僕に冷たい金属片を渡した。
僕は手のひらでその形を確かめて、背筋が凍るのを感じた。
ゴロニャン(会社の採掘用メガマシン)の備品庫のトークンだった。
おそらく、彼女と出会ったときに気が付かず無くしたのだ。
落としてきたのか……それとも、彼女が盗んだのか。
ありがとうと言うべきが迷った。
しかしもし彼女に悪意があったら、そもそもここまで届けてくれただろうか?
そのとき、マーズボールの中継を見ていた観客からワーッと歓声が上がった。
開拓団チームが火星世代チームに大差をつけたのだ。
「ありがとう、でもどこで……?」
僕は迷いながらも率直に聞いた。
彼女はまたニヤリとした笑顔を見せて言った。
「ごめんね、人質が必要だったので」
盗んだのだ。
そのとたん、あのナイフの感触や、探るような目を思い出して、目の前のセンター風の服といい、いろんな疑問が胸の中に沸き起こった。
だけど、僕の口から出てきたおどけた言葉はこれだった。
「よかったよ殺されなくて!」
彼女はにっこりと笑った。
僕と彼女は連れ立って鳴子さんたちのところへ戻った。
「ごめんなさい、ちょっと渡すものがあって、ね」
彼女がそういうと、仁さんは目を細めて僕を意味深に眺めた。
鳴子さんは彼女と僕をみて、仁さんを小突いた。
「仁、お前もお近づきになっておおきよ、こんな美人、滅多に出会えるもんでもないだろう」
それを聞いて仁さんはすっとぼけた表情でこう言った。
「それじゃ、お名前でもお聞きしていいんでしょうか、こちらのかたの」
彼女は笑顔で答えた。
「開拓団の街がこんなににぎやかなところだって知らなかったわ! 私は怜とき、アンティークの古物商をしています。こちらは亘平こうへいさんね、であなたが仁さん」
おそらく彼女はトークンのデータを盗んでいたのだろうが、僕の名前をすでに知っていた。
そして僕の方はと言えば、それが彼女の名前を初めて知った瞬間だった。
……とき。
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