第17話 君の名は
火星の一年は24か月だ。
だから、火星の一年前っていうのは地球で言うなら、2年前のことだね。
火星の冬は6か月も続くから、それはうんざりさ。
まあ、地下で暮らしてるとそれほど気温の差はないけれどね。それでも人工日照は短くなるし、なんとなく憂鬱にもなる。
シールド地域は植物を育てるために閉じられているから、冬もふきさらしの場所よりは暖かい(でも地下に比べればとても寒いけどね)。
それで、シールド地域にいる人たちは冬の時期だけは僕たちをうらやましがるのさ。
ポーター(火星の電車のようなもの)のなかでも、この時期はシールド地域に住んでるか、そうでないかは一目瞭然だ。だってシールド地域の人はずいぶんと厚着をしているからね。
この時期、ポーターの中で雪だるまみたいにモコモコの人を見かけたら、間違いなくシールド地域に住んでる人ってことだ。
で、一年前の今日だよね。僕はジーナとは別の運命の出会いをした。
そのころ、僕は数年前から(地球で言うなら4、5年前から)月イチで地上にツーリングに行くようにしていた。でも、実はツーリングというのは名ばかりで、本当はいつも『東のオアシス』に行って一日のんびり過ごしていたのさ。
『東のオアシス』は、シールド地域で使われた水がドーム内で集めきれずに貯まる低地だ。コケ類や、シダ類が茂っている。ソテツの大木もあるよ。
……なんのためにツーリングするのかって?
ジーナのためだよ。ジーナが日光浴できるようにするためさ。
そのころ、ジーナはモグリの仁さんからもらったビタミン剤だけではやっぱり調子を崩すようになっていた。仁さんによれば、普通の猫には十分なビタミンの量をあげているっていうことなんだけど、ジーナには足りなかったんだ。
他にも、ジーナには少し他の猫とは違うところがあった。
遥さんによれば、センターの猫たちはみんな毛が短くてすらりとしているんだけど、ジーナは毛が長くて、タヌキみたいに真ん丸なんだ。
そして、最初に非シールド地域に日光浴に連れて行ったときは、調子を崩さないかとても心配したんだけど、調子を崩すどころか本当にツヤツヤになった。
一年前の今日も、そうやって僕たちはオアシスの木陰で休んでいた。
ジーナから目を離さないように気を付けていたんだけど、僕は宇宙服(宇宙線防護服)をきていたから、視界がちょっと狭かった。
それで、一瞬のすきにジーナが見えなくなってしまったんだ。
それでもいつもならすぐに
「ぱっぱにゃ!」
って僕のことを呼ぶんだけど、そのときはいくら探しても見つからなかったんだ。
ジーナを見失って、胸が早鐘のように打った。
僕はいつもジーナが上るソテツの木のまわりを、バカみたいにぐるぐるした。
それで、ソテツの木の上に人影を見つけたときの僕の驚きと言ったら!
その人は、ソテツの枝の上から、ジーナを胸に抱いて、僕を見下ろしていた。
銀色の織物に身を包んだ黒い瞳の女性だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます