第191話 二人の決着

(レシア、こいつ──強くなりやがった)


 自分が精霊の中で、もっとも弱い、つかえないと思っていたレシアに、攻撃を受けたのだから……。


 レシアはさらにアズレイルに迫る。アズレイルはすぐに起き上がり、レシアの攻撃を防ぐ。


 そして今まで見たことがないくらいの威圧感でにらみながら叫んだ。


「本気で──戦わせてもらう!」


「望むところだ!」


 レシアもまた、強気な口調で言葉を返した。アズレイルの強い言葉に、気持ちで負けないように。


 そしてアズレイルは一気に攻めかかる。


 自らの聖剣を振り下ろすと、レシアはその攻撃をよけようとも受けようともしない。


 それに負けないくらいの力で、はじき返す。


 そのままアズレイルは手首を返して流れるように回転させ、さらに攻撃を放つ。


 アズレイルにとって、戦いとは自らの意志を切り開くもの。自らの想いを込めるもの。

 よって、受けに回るという発想はない。


 常に攻める──、そして敵を圧倒し勝利する。それが哲学だった。


 そしてその攻撃は目にも見えない速さ。Aランク相当の冒険者でも、この攻撃をしのぐことはできないだろう。


 しかしレシアは、その連撃をすべてしのいで見せた。


 攻撃を返しているというよりは、全ての攻撃に、真っ向から攻撃を返しているといった方が近い。


 純粋な力比べ──。互いに激しく全力をぶつけ合う。


 レシアの表情は苦しそうだが、それでも懸命にアズレイルの剣をさばいていた。


 総合的に見ると、総合的な力ではレシアよりもアズレイルの方が上だ。

 それなにになぜ、レシアはこうまでしてアズレイルの猛攻を防いでいるのか。


「貴様、強くなったな。それに、想いがある」


「よくわかるね……。僕には、負けられないわけがあるんだ──。みんながそばにいて、そして──大切にしてくれた。だから、僕も答えたい、みんなのために──」



「なるほどな──。それだけ君にもこの戦いに賭ける想いがあるということだ」


 アズレイルが一気に踏み込んだ上からの一撃を、レシアは左手の甲で受け流した後、カウンターの回し蹴りを放つ。


「当たり前だよ。僕は決めた。この世界を守り通すって──。みんなと、一緒にいたいから──」


 アズレイルは無理やり身体を反らして攻撃をかわす。その際、鼻にかすりとレシアの脚が当たった。


「ほう、落ちこぼれの貴様がここまで食らいついてくるとは──」


「食らいつくだけじゃない。勝つんだ」


 アズレイルは当初、予想外の猛攻に面食らったものの少しずつ持ち直してきている。

 レシアの鉄のナックルは、アズレイル聖剣と比べ、リーチが低い。


 リスクをとってでもアズレイルの懐に入らなければ、自動的になってしまう。



 それなのに、レシアは互角以上の戦いをしている。

 アズレイルはその理由を脳裏に引っかからせていた。


 そしてレシアの瞳が視界に入った時、感じる。


(こいつの目、本物の覚悟をしている──)


 大昔、天界であったときはこんな目ではなかった。

 自分の力を使い切れず、周囲からも蔑まれ、無力でひ弱な目。

 しかし今は違う。自身の力を使いこなし、自分の中に確固たる信念を持っている。


 だから、そんな不利をひっくり返し、何度も間合いへと飛び込んでいけるのだ。


 アズレイルの殴打に見せかけた肘打ちを屈んでギリギリ避け、足払いをすると、レシアはすぐに距離を取る。


「さあ、くらえぇぇぇぇぇぇ──!!」


 そして、右足に魔力を込めて一気に突っ込んでくる。


「やべぇっ!」


 アズレイルは一端距離ができたことで、一瞬だけ気が抜けて反応が遅れてしまう。レシアの連続攻撃を回避しきれずとっさに障壁を展開するが、レシアの攻撃は障壁を破壊し脇柄を貫く。


 大ダメージを受けたアズレイルはすぐに後方に回避し間合いを取ると、痛みに顔を歪めながら叫ぶ。


「クソが──、俺がレシアごときに──」


 そして、呼吸を整え、真顔になって自身の聖剣を真正面に取る。


「……もう手加減はしない。貴様をぶっ殺すつもりで本気で戦う」


「──来い。次で決める!」


 レシアも一層真剣な表情になると、拳を前に突き出してグッと腰を鎮める。

 その言葉通り短期での決戦を望んでいた。


 長期戦となれば、不利になるのはレシアだ。

 レシアは今ピンチになり固有のスキル「猛火逆鱗」を発動している。

 しかしこれが発動しているということはすでに残り魔力が少ないということだ。


 アズレイルが守りの戦いに徹し、このまま互角の戦いが続けば、レシアの残り魔力が尽きてしまうだろう。


 アズレイル側としてはこのまま逃げに徹し、レシアの魔力切れを狙うという戦術もなくはない。

 それでも、アズレイルに引くという選択肢はなかった。



「二度と貴様に、負けることがあってたまるかぁぁぁ!」


 引くということは、負けるということ。戦うということは、自分の力をぶつけるということ。



 そう、アズレイルの目的はただレシア達を倒すためではない。

 彼らに、自分達の様に熱心な信者にさせるということだ。


 ──自分もそうだから。大切な信仰のためならば、命を投げ出すことも惜しまない



「行くよ。最後の勝負!」


 レシアはそう叫ぶと、一気に正面から飛び込んでいった。


「うわああああああああああああ!!」


 レシアは正面から何度も殴り掛かる。アズレイルはそれを回避。そして前がかりになり、がら空きになったレシアの正面を目掛けて聖剣を振り上げた。


「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 その瞬間、レシアの表情がほんのりと明るくなる。

 すぐにレシアはそれを呼んでいたかのように腕を引き戻す。


(バカめ、今更対応してももう遅いんだよぉォォォォ!!)


 アズレイルはそれを気にも留めない。その言葉通り、今まで見てきたレシアの引きでは、決してアズレイルの攻撃に対応できない。




「し、しまった──」


 アズレイルが気付いたときにはすでに遅かった。レシアは両手で聖剣をしっかりとつかむ。

 刃の場所を握っているせいで、掴んだところが痛いが気にならない。

 そして一気に力を込めて、叩き落とした。


「く、クソが──」


 アズレイルの表情がゆがむ。急いで聖剣を奪い返そうとするが、レシアはそれを呼んでいる。

 すぐに身を低くして屈むと、聖剣を思いっきり蹴っ飛ばし、天高く打ち上げた。



 これでアズレイルは素手で戦わなくてはいけなくなった。


 ──が

 この聖剣と共に戦ってきた。 血眼にして聖剣を取り返そうと飛び上がる。

 その状況こそ、レシアが望んでいたこと



 レシアが屈んだ状況から、全力を込めた左拳を突き上げる。


「これが、答えだ──」


 その左拳が、アズレイルのみぞおちを直撃。


 白目をむき、言葉を失いながら体が吹き飛ぶ。

 そして天井に体がたたきつけられた後、そのまま地面にぼとりと落下。


 アズレイルに、戦う力は残されていない。両者の目にも、そして戦いを勝利で終えたハリーセルも、それを理解していた。


「勝ったでフィッシュ。すごいでフィッシュ」


 ぴょんぴょんはしゃぐハリーセルに、座り込んだレシアが言葉を返す。


「お前、強くなったじゃねぇか」


 倒れこんでいるアズレイルが、大きく息を吐いて言葉を返す。

 敗北を悟った、微笑を浮かべた表情。

 しかし、悔しさはそこまでかんじなかった。


「当然だよ。今の僕は、天界にいた時とは違う」


「なんだよそれ」


「フライにハリーセル。みんながいる。怯えていた僕に力をくれて、支えてくれたから、今の僕がある」


 自信をもって、レシアは言う。


「そうか、確かに──以前とはどこか違うって感じてた。戦って、理解した。すまなかったな──」


「へへっ」


 その言葉に、誇らしさを感じるレシア。


 奥にいるフライ達を助けたい──

 と言いたいところだが、ハリーセルもレシアも力を使い果たしてしまっていた。

 二人とも、ただ横になる。


(とりあえず、みんなのおかげで、僕は強くなれたんだ。アズレイルに勝てて、本当に良かった)


 そんな余韻に浸りながら、ただ天井にある幾何学模様を見つめていた。

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