第86話 一番手はサーモンユッケ丼!

 食材はソルテラの食糧庫に色々と保存してあり、材料切れの心配はないという。

 これだけだだっ広い場所だ。しょっちゅう確保しに出掛ける必要がないよう溜め込んでいるらしい。


 しかも今日はレモニカが新規の仕事と共に新しい食材を持ってくる日だったようだ。

 食糧庫を見せてもらうとギャグ漫画かと思うくらいギッチギチに詰まっていた。

 ……多分これ、神々が作った強い作物やその他の食材でなかったら傷んでるレベルの詰め込み方だな。どれだけ作業に集中したいのかよく伝わってくる。


 ひとまず、フードファイトでは何の心配もせずに箸を進めることができそうだ。


「まずはサーモンユッケ丼か、深みのある暖色に艶やかな表面、それを彩るネギの緑と卵黄の黄色が最高に合うな……目で味わえる良い料理だ……」


 しみじみとしながら箸で白米ごとごっそりと持ち上げる。

 今回のサーモンユッケ丼は大きく角切りにされたサーモンが使われており、コチュジャンやごま油に加えてすりおろしニンニクなどで和えてあった。


 つまり……白米に合う!

 とてつもなく合う!!


 そのせいか一口目をあっという間に吸い込んでしまった。

 二口目は己を律しつつしっかりと味わって咀嚼する。サーモンが大きく切られているぶん、歯応えがあって味を感じる機会も多かった。

 サーモン部分と白米部分の温度差も良いスパイスだ。

 上部ほどサーモンは冷たかったが、下部はホカホカ白米の温度が移って温かい。

 温度によって味の感じ方が少し変わるので敢えて冷たい部分と一緒に食べたり、まだらになるよう混ぜてみたり、熱い部分だけ楽しんだり、逆に冷たいサーモンだけを口に含んで熱くなった口内を冷ましたり――丼ひとつで様々な楽しみ方ができる。


 おかげで気づけばおかわりを五回ほどしていた。

 コムギの気遣いなのかコチュジャンの代わりにラー油を使ったものや、サーモンだけでなくマグロを混ぜたものなどバリエーションがあったのも嬉しい。


 ああ、最高だ。

 満足感を得たところで隣が静かなことに気がついた。

 もしやレモニカはもう満腹になったんだろうか。かなりの巨体だが胃の容量は人それぞれ、神もそれは同じだ。

 ただ小食なのにあそこまで自信満々にフードファイトを持ちかけるのかという疑問は残る。レモニカの目的はソルテラに考える時間を与えることだから、小食でも頑張ってたって可能性はあるが――と、色々と考えながら視線をやると、レモニカは天を仰いでいた。


 そして美味そうに咀嚼している。

 味わっているのだと傍目からでもわかった。

 思わず目を瞬かせた俺に気がついたのか、レモニカが「なんじゃ?」と首を傾げる。


「いや、今までフードファイトでじっくり味わってる奴にあんまり会えなかったからさ。コゲくらいかな」

「あぁ。世間はフードファイトを聖戦じゃ食闘じゃと言うが、飯は美味い食い方で食ってナンボじゃろ!」


 こんなに美味いもんを掻き込むなんてもったいないわ、とレモニカは鼻を鳴らした。

 完全に同意だ。

 俺も食べるスピードは早いらしいが、そのすべてを味わっている。美味しく楽しく食べられるフードファイトが一番好きだ。そして今後そういうフードファイトに広がってほしい、というのが俺の目標である。

 ここで同志に会えるとは思っていなかった。


「良い考え方だ……うちに欲しい! ぜひ来てくれ!」

「ソルテラ目当てじゃないのか!?」

「目当てのものは増えたり減ったりするものだろ? それにその考え方は俺の理想なんだ。飯は美味い食い方で食わないとな!」


 レモニカは丼の隣に置いてあった緑茶を飲み干し、横目で俺を見下ろしたままにやりと笑う。


「気は合うようじゃのォ。何にせよ今はフードファイトじゃ、難しい話は他の品も味わい尽くしてからにするぞ!」

「ああ!」


 ずっとサーモンユッケ丼を楽しんでいたが料理は他にもある。

 それをレモニカと味わうために、俺はしっかりと箸を持ち直した。


     ***


 スフレオムライスはふわふわの卵の下にチキンライスが収まったお洒落な料理だった。

 ふわふわといえども食べ応えがあって侮れない。平らげる頃にはかなりの満足感があった。

 それに食感も楽しいな、スプーンを挿した瞬間のじゅわっとした感触が舌の上でも感じられるのは新鮮な体験だ。

 食事処デリシアの通常メニューには無かった品なんで、帰ったら足してもいいかもしれない。きっと老若男女に人気が出るだろう。


 バナナケーキはバナナの自然な甘さをこれでもかと活かしたケーキだった。

 長方形のパウンドケーキなんだが、丸く切ったバナナが等間隔で埋め込まれていて美味い。こってりした味で少し疲れた舌を癒してくれるタイプの味である。

 まあ俺は舌が疲れるなんてことはないんだが、それでもそう感じさせる味をしてるな。

 これも食事処デリシアには無かったから、美味しいしメニューに入れてみようとコムギに相談してもいいかもしれない。


「……?」


 そういえばこの二つの前に食べていた香りが素敵なあんまんやサクサクとして美味しいカツレツも食事処デリシアには無いメニューだった。

 そう気づいてキッチンの方に視線をやる。

 ソルテラの工房のキッチンは大きく開けていて、俺とレモニカが座っている場所から調理スペースがよく見えるタイプだ。そこではコムギたちがせっせとフードファイト用の料理を作っている。


 ソルテラとギスギスしていないか少し心配だったが――コムギはソルテラに何かを訊ねながら調理を進めているようだ。


(……なるほど、ソルテラからレシピを教えてもらってたのか)


 コムギも色々な料理を作れるようになったが、もちろんレシピを知らないと完成はしない。

 食事処デリシアで出されている料理は父親のミールにより教え込まれていた。

 それ以外は双子やフライデルから指示されたものかな、と今までは思っていたんだが、今回はレモニカが先生になってくれたようだ。


(フードファイトはしているが争いにきたわけじゃない。……あっちも良い関係を築けてるといいな)


 そう期待しながら口に運んだ天かすおにぎりはいつもより更に美味しい気がした。

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