第50話 『友達』とコーヒーキャンディー
タージュは馬車で運んできた農作物を持ってきたのだという。
カゴいっぱいの野菜は形が不揃いで所々虫食いもあったが、どれも瑞々しく見えた。
店の外へ出てそれを指しながらタージュは言う。
「これがパプリカ、茄子、こっちが紫蘇であれはキュウリ……なんですけど、育ちすぎて何かゴーヤーみたいになっちゃって。――オレが初めて一から育てて収穫した野菜です」
本当はもっと出来の良いものを持ってきたかったんですけど、と苦笑いしながらタージュはパプリカを撫でる。俺は表情を緩めてそれを受け取った。
小さいが赤く艶やかで美味しそうだ。
持ってきてくれたパプリカはほとんど赤色で、それは熟している証拠だった。品種によるが熟した度合いで色の変わる野菜なので苦味が苦手な人は赤やオレンジ色を選ぶといいだろう。
タージュはこの野菜を必要な人が居れば村でわけてほしいと言っていたので、子供でも食べやすいようにという配慮かもしれない。
俺は一言断りを入れてからパプリカを齧った。
「……ん! 甘いしジューシーだし美味いですよ。それに小さくても肉厚ですね!」
「あはは、シロさんは本当に美味しそうに食べてくれるからホッとします」
そう笑う姿はテーブリア村で見た第一印象と変わらないものだった。
俺は齧ったパプリカをすべて平らげてから言う。
「タージュさんは……その、あの時屋敷で見たのが本当のあなただったんですか」
「――それについてはなかなか話せませんでしたね。どこか人の少ない場所でお話してもいいですか?」
タージュは騒動後にロークァットを伴って正式に謝罪しに来てくれたが、その後判決が出るまでは忙しく、刑が確定してからは農作物や動物の世話に追われてなかなかゆっくりと会えなかったのだ。
今なら話せると思ってもらえたなら嬉しい。
そこへコムギが挙手した。
「シロさんのお部屋はどうですか?」
「あっ、でも昼休みがそろそろ終わる頃じゃ」
「今日は客足も少ないので大丈夫ですよ、ゆっくり話してきてください」
そう言って微笑むコムギに「ありがとう」と頭を下げ、俺はタージュを伴って二階の自室へと向かった。
馬車の野菜たちはミールが運んでおいてくれるらしい。これにはタージュも恐縮していたが、今は甘えさせてもらおう。
部屋に入ってイスを勧め、俺も向かいのベッドに腰を下ろす。
「オレの本当の名前はアメリオ。そしてコムギさんの世話係をしていたのが双子の妹のアメリアです」
「そっか、よく見たらどことなく似てたからもしかして、って思ってたんです」
タージュは王族と所縁ある貴族の出身だったが、ある時一家離散の危機に見舞われた。年若かったタージュは詳しい理由までは知らなかったが、どうやら両親が騙され多額の借金を背負うことになったらしい。
貴族を追い詰めるくらいだからとんでもない金額だったんだろう。
そんな時に手を差し伸べたのが、幼馴染として育ったロークァットだった。
それ以来タージュはロークァットのために生きようと決意したらしい。
「……殿下が誤った道を進んでいるのはわかってました。けれど殿下の気持ちもよくわかった。だから地獄に落ちるなら一緒に落ちようと思っていたんです」
「タージュさん……」
「でもそれは殿下のためじゃなくてオレのためだった。オレが殿下に見放されたくなくて言い訳していたようなものです」
嫌われる覚悟を、突き放される覚悟をしてでも止めればよかった、とタージュは組んだ指に視線を落とした。
「あの後アメリアにも怒られましたよ、殿下を引き戻す役目はお兄ちゃんでしょ、って。……シロさん」
タージュは赤い色の目でこちらをじっと見ながら言う。
「改めてすみませんでした。オレはあなたを騙して、時には死んでもいいと毒を盛りました」
「ああ、まあ普通に食べれましたしいいですよ」
「でもオレのしたことは」
「俺相手だから問題なかった、俺はそれを許した。だからこれ以上はいいんです。もし俺以外だったら大変なことになっていたから、それはいけないことですけれど……その時タージュさんが謝るべきは被害を受けた別の人だ」
今俺は自分の件だけ挙げて、それだけを許した。
だからこの話はここまでなんです、と笑うとタージュは困ったように笑い返した。
「その大らかさ、神様だからっていうよりシロさんだからでしょうか」
「うーん、どうでしょう……あっ、でももし今後タージュさんが誤ったことをしようとしたら、他人事でも止めますからね」
そういう関係でありたいから。
そんな想いを込めて宣言すると、タージュはどこか安堵した表情で「お願いします」と頭を下げる。
「……ところで、タージュさん」
「はい」
「アメリオさんって呼んだ方がいいですか? それともタージュさんのままでも?」
どうやら予想外の質問だったのか、少し身構えていたタージュはきょとんとしてこちらを見た。
「どっちでもいいですけど、そうですね……シロさんにはタージュの名前で呼んでほしいです。偽名ではありますけど半年以上使ってきた名前ですし、何よりオレはタージュとしてあなたと出会ったので」
「じゃあこのままで! それと……えっとですね」
俺は少し口ごもりつつ、村から王都までの道のりで過ごした日々を思い返す。
サーカスの一員として過ごし、同じ場所でみんな揃って食事をとり、タージュたちと色んな話をして――不安はあっても楽しい日々だった。
「……俺、タージュさんに親しみを持ってたんです。先輩後輩でしたけど、もしよかったら敬語とかやめて友達になりませんか」
「と、友達?」
「はい。じつは気安く喋れる友達がいなくって」
コムギは『友達』ではないし、コゲやミールたちもそういう類のものではない。
ビズタリートは……気安くはあるが、友達と呼ぶのはなんかちょっと不服だ。
ネズミたちは友達に近いがやはり少し違う。恩人や相棒といったところか。
その中で友達という単語から真っ先に思い浮かぶのがタージュだった。
彼はしばらく呆気にとられた顔をし、そして一度肩を震わせると口元を隠して笑い始める。
「っ……そこ、先輩後輩って部分じゃなくて、神様と人間ってことを先に気にするべきじゃないか……!?」
「え あ、あはは、もう大した問題じゃないかなって」
どう考えても大した問題だって、と笑いながらタージュは片手を差し出した。
「シロさ――シロが望むならぜひ。オレも友達になれたら嬉しい」
「……! ああ、じゃあこれからも宜しくな。野菜も楽しみにしてる!」
そうぎゅっと握り返した手。
その中に何かが置かれ、俺は手の平を開いて見る。
タージュが握らせてくれたのはコーヒーキャンディーだった。――村でコムギを探していた時、彼がくれたのと同じものだ。
「オレ、この飴が好きなんだ。……あの時は協力者としてだったけれど、今は友達としてシロに贈りたい」
「わかった、もらうよ」
そう口に含んだコーヒーキャンディーはあの時のようにほろ苦くも甘く、タージュと出会った日と今が一つの線で繋がったような、不思議だけれど落ち着く安心感があった。
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