弐拾壱

 その後、涼子にしばし抱きしめられていた美衣子は、突然糸が切れたように意識を手放し、話し合いは一時中断された。

 美衣子をそのままにしておくわけにはいかず、医務室で休ませることにした。

 女の子よりは幾分か力のある俺と陽平が美衣子を背負っていくと申し出たのだが、美衣子を両腕で包み込んでいた涼子は断固としてそれを聞き入れなかった。結局、半ば引きずるようにして涼子が美衣子を背負い、俺が付き添っていくかたちとなった。

 もしかすると涼子は、先程自分が疑ったことで、美衣子を追い詰めてしまったのではないかと気にしているのかもしれない。

 医務室への道すがら、涼子の神経が背中に向いているのをいいことに、俺はイナリに視線を向けた。

 イナリは、美衣子の話のせいか辺りに集まってきた霞か靄のような低級霊を追い払う為に忙しく立ち回っていた。

 今までもイナリは俺に近づいてくる浮遊霊なんかを、追い払ってくれていたようだった。けれどそれを目の当たりにしたのは今日が初めてだった。


『大丈夫や。美衣子はん、かなり邪気の影響を受けてたから神経が過敏になっとっただけやと思うわ。それに、昨日寝てなかったから、身体的に厳しかったんも影響しとるんやろう。別におかしくなったわけやないから安心せい』


 俺の視線の意図を察してそう言ったイナリの表情は、少し悲しそうで、目線も俺にではなく、涼子の背の上の美衣子へと向けられていた。





 医務室から戻ると、残されていた三人は微動だにせず同じ椅子に収まっていた。


「軽い貧血みたいだ。昨日寝てなかったし、色々ギリギリだったんだと思う」


 部屋に入るなり、俺はそう言った。


「とりあえず先生に後は頼んできたから、もう少し休ませてやろう」


 続いて入ってきた涼子がそう付け加える。


「なぁ?……あいつホントどうしちまったんだ?」


 俺達がもう一度席につくのを待ってから、陽平がおずおずと訊いてくる。

 皆の視線は、誰に示されるわけでもなく、一つだけ空いている空席へと自然に向けられていた。


「昨日のことでかなり神経が参ってたんだ。邪気……嫌な空気に当てられちゃってたから」


 陽平のその問いに答えられるのはこの場で俺しかいなかった。だが、俺も全く事態についていけていない。だから、イナリから聞いたことをそのまま伝えるしかなかった。

 流石にさっきのあの光景を見た後では、反論を搾り出せる奴は誰一人いなかった。

 もう嫌というほど繰り返された沈黙が再び包む。

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