続く騒動、続く恐怖。


『なぁ?暁はん?このきつねうどんがいいんとちゃいますか?』


「チキンカレー、一つ」


「はい。お待ち!」


 食堂のおばちゃんは、俺が来た瞬間からカレーを頼むだろうと予期していたらしく、間髪入れずにカレーの乗ったトレーを差し出してきた。

 このおばちゃん……中々やりおる。


『あ゛ー!なんでワイのコト無視するんやー!?あぁ……ワイのお揚げさんがぁぁ……こんのアホツキ!!』


 稲荷狐は、無視されたことに騒いでいるが、こんな人の溢れ返った食堂内で会話するわけにはいかない。

 今日も俺は相も変わらず大学へと出向き、相も変わらずカレーを食おうとしていた。

 変わったことと言えば二つ。

 一つ目は四六時中肩の上で狐が騒ぎたてること。

 そして二つ目は、独り暮らしの室内で突然顔に物が降ってきて起こされることくらいである。

 勿論二つとも稲荷狐の仕業以外の何物でもない。

 稲荷狐は、尊さんに貰った護符腕輪のせいで直接殴りつけられない事が判ると、近くにあった雑誌を俺の顔面へと迷わず落下させた。

 それが未だ拭えぬ社を破壊したことへの仕返しなのかは定かではない。

 なんか暇潰しにちょっかいをかけている気がひしひしとしないでもない。

 尊さんに力を注いでもらったことにより、稲荷狐はただ視認出来るようになっただけでなく、俺から半径一メートル以内にあるモノには自由に触れる事が出来るようにもなっていた。

 そうなると、今回は雑誌で済んだが本格的な凶器が近くにあった場合寝首をかかれかねないということである。今後はその辺に下手な物を放っておけないなと俺は心に誓わざるを得ない。

 しかしながら、どうやら出会った時の憎しみは少しずつ和らいできているのは確かなようだった。それよりも、会話が出来る事や周囲の物に直接触れる事が嬉しいようで、あれやこれやとはしゃいでいた。

 そのお陰で、深夜のコンビニで油揚げとジュースという奇怪な組合せを購入するはめになった。まぁ、呪われ続けているよりはましだと思いたい。


『なぁー?暁ぃー?なんで無視するんー?』


「学内では誰に見られるか分かんないから話さないって言っただろ」


 あまりにも煩いので、移動しながらボソリと言った。

 今朝になって、やっとこいつは俺の事を名前で呼ぶようになった。

 昨日のうちは「おい」だの「オノレ」だのという感じだったので、少しは心を開いてくれたという意志表示なのかもしれなかった。

 因みに俺は、“イナリ”と略して呼ぶことにしていた。

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