今、私たちは夢の向こう側 feat.『午前2時のレム睡眠』

 私とエミリの立つステージからは、ペンライトの灯りが一つたりとも見えない。薄暗い闇の中に、ぼんやりと観客の影が犇めいているだけだ。

 暗闇の中で変拍子のリズムに乗せて紙を破く。その音がマイクに拾われてパーカッションとしてアンビエントミュージックに彩りを加えていく。B5大の画用紙が散り散りになった頃、ステージは明転。

 真っ白な衣装に身を包んだ私たちが照らし出された。


“記憶の再構成の中で 溶け残ったあなたを

いつも いつも いつまでも愛してる

どんなにかけ離れても 消えるまでは私と

いつも いつも いつまでも一緒だよ

想い出は、破壊と創造の中で”


 この日のライブは、『想い出は、破壊と創造の中で』で始まった。紙や板、ガラスの破壊音をサンプリングした楽曲。私たち『午前2時のレム睡眠』が、インディーズアイドルシーンで注目されるきっかけとなった曲だ。


 座り込んで行うコンテンポラリーダンスの振り付けの途中で、ステージに散らばった紙片が目に入り、感傷的になってしまう。――まるで、散らばった私たちみたいだ、と。

 ふと、エミリがこっちを睨んでいることに気づく。そこで正気を取り戻して、再び曲の中に自己を陶酔させる。最近は、こんな情けないことばかり。

 

 ライブが終了して、スタッフと別れた後、近くにある居酒屋で、二人で飲んでいた。


「パフォーマンスに集中できていないけど、どうしたの?」

「最近、よく考え込んでしまうの。このままでいいのかって」


 さして美味しいとも思っていないハイボールを飲み干して、彼女に悩みを打ち明けた。結果、言葉にしてみれば、くだらない。でも独りでは答えが出せなくて。


「そういうことだろうな、って思ってたよ」

「エミリは不安じゃないの?」

「不安だよ」


 数える間もなくオウム返しを食らって、少しまごついた。彼女は、ストイックだから、悩みとは縁遠いと勝手に決めつけていた。


「二年前にナナミとシズカが卒業して、私とミリアの二人だけになったでしょ」


 ナナミはメンバーの中で歌唱力が一番高かった。シズカはバレエをやってた経験もあって、ダンスのキレが光っていた。残された私たちの評価は、パッとしないもので、どうしても四人の頃の人気には及ばなかった。

 それでも好きだと言ってくれるファンがいることは、ライブやリリースイベント、チェキ会等の度に実感はしているけど。――昔と比べてしまう。


「私も悩んでた。五年後、十年後のこと。いつまでも続けられるわけじゃないから」


 かわいいを全面に押し出した王道アイドルじゃないけれど、楽曲提供者の描く世界観を幾つになっても表現できるわけではない。


「でも結果、分からなかった。先が見えていないのは、バンドを始めたナナミも、セルフプロデュースに移ったシズカも皆同じだと思う。だから、それでいいかなって」


 どうして、そんな達観ができるのか、分からなかった。


「考えてみて。私たちは、夢の向こう側にいるんだよ」


 バレない角度で首を傾げていた私の手を握りしめて彼女は言った。私たちのグループコンセプトになぞらえて。私たち、『午前2時のレム睡眠』は夢の向こう側の住人。夢をテーマにしたステージを届ける。それが私たちのコンセプト。

 

「私たちの夢はずっと先じゃなくて、今だから。今を疎かにしたら、もっと先も見えなくなる」


 私は今を見失っていたんだ。

 幼い頃に夢見ていたステージに立っている今の自分は、まさしく夢の向こう側にいるんだ。なのに、途方もない未来ばかり考えていたんだ。


「ありがとう、エミリ。目が覚めたよ。ゴメンね、私の方が一こ上なのに」


 気にしないでいいよ。そう言いながら可愛らしい笑みを浮かべる彼女が、とんでもなくかっこよく見えた。


 私たちは、夢の向こう側にいる。その事実を噛みしめながら、今を一生懸命に生きていこう。


 二杯目に頼んだオレンジジュースはとびきり美味しくて、懐かしかった。

 お酒を飲めるようになってから、久しく飲んでいなかったから。

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