第6話 ラブソングならぬ、天使にラブコールを!

私の中で時と心臓が止まりかけた。天使が地上に舞い降りてきたのかと思った。大袈裟な表現とかではなく。


 短くもなければ、長くもない白い靴下に膝丈スカート。制服をしっかりと着こなしては、ふんわり内巻きの栗色の髪とパッチリとした瞳。そして唇は富士山の如くぷっくりとピンク色の山々を作り上げていた。松風愛理という存在は美しすぎて言葉にできない。


 そして唇を両端に緩ませれば、


「みんな、おはよう」


 ああっ、愛理の声まで続けて聞けるなんて死にそう……っ!


 鼻血が吹き出そうな鼻の穴を押さえたが、今の挨拶は私に向けていったのではない。待っていた金持四人兄弟にだ。まだ愛理は桃尻エリカの存在には気づいていない様子。


 どう話しかけようかウロウロとしていれば、さすがにこのブリブリ改造制服が視界に飛び込んだらしく、


「桃尻さん……」


 さきほど四人にした微笑みとは打って変わって血相を変えて呟いた。分かりやすい反応に胸がチクリと痛んだ。そうなるのも無理もない。散々嫌なことをされた相手が前に、それも朝っぱらからいるなんて愛理にとって桃尻エリカは悪魔でしかないのだと。


覚悟はしていたつもりだけど、いざ愛理のそんな反応見ちゃうと辛い……。だからこそ、ここは慎重にいかないとダメだ。ここはシンプルに深くお辞儀をして誠意をたっぷりと見せてから「松風さん、今までごめんなさい。松風さんが良ければお友達になってください」って言おう。


 ――さあ、いってやる。


「愛理はやっぱり可愛いよ! 好き好き大好きもっと好き! 世界で一番お姫様! 私が生まれてきた理由、それは愛理に出会うため! 私と一生添い遂げて! 世界で一番愛してる! ア・イ・シ・テ・ル!」


 それは無意識だった。私は両足を広げて立ち、上半身を振り回しながらオタ芸つきでラブコールを叫んでいたのだ。本音と口にすべき言葉が真逆だと我に返ったのは言い終えてから数秒後のこと。四人は無表情でいるがドン引きしている空気が痛いほど感じ、周囲にいた無関係の人たちも足を止めてまで凍りついたかのように停止。からのオチをつけるようにピーヒョロロ、なんて鳥が嘲笑うかのように鳴く。


 ……終わった。


 現実を直視するのが嫌になり、青々とした空を仰ぐように顔を上にあげた。


 神様、一秒五万で売っていい。時間を戻してください。今のでもう愛理と友情エンドにも繋がらない。愛理本人の反応は未確認。でも分かる。これはドン引きよりも、桃尻エリカの存在をまた違う意味で新たな恐怖心を植えつけてしまったのだと。


 しかし、ここで事態は思わぬ展開へ。私が天を見上げつつ白く燃え尽きている最中に、愛理からこんな質問を投げかけられた。


「今のは、ソーラン節ですか?」


「はっ?」


 反射的に顔を下げて愛理の方を見れば、眉を一ミリもひそめることなく、それどころか不思議そうな表情。なんにも知らない子どものように。


 たまに愛理はド天然を発揮するキャラ設定ではあった。それが偶然、いや幸運なことに今! 訪れたのだ。


 この流れはいける! こうなったらソーラン節説でいこう!


「うふふ、お分かり? 私のいるセレブ業界では、道のど真ん中や駅にお店等で皆様を楽しませるのを目的として、いきなりソーラン節を踊るのが大流行していますの。私のゲリラパフォーマンス、なかなかのものだったでしょう?」


「はい。歌まではちょっと聞きとれなかったんですけど、キレがあって見入ってしまいました」


「あらあら、そうなんですの」


 よっしゃあああああーっ!!! ソーラン節で神回避!!!

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