プロローグ2
あー……っと。
『……そんなとこだ』とかカッコつけて締めちゃったけど、まだ本編に行く前に言っておきたいことがあるんだ。
だからちょっと反則ではあるが、第四の壁を越えてあんたに語りかけさせてもらっている。
さっきも言ったように、コレは俺の後悔……どうしようもなく付き纏って離れなかったトラウマに向き合い、挑戦したという物語だ。
そんなソレこそ恥ずかしくて、ご覧いただくのに多分な勇気を必要とするお話に進む前に、いくつか言わせて貰いたい。
普段だったら『料理人が食べる側に何かを注文するなんておこがましい。好きに食わせろよ』と言ってしまう自分を棚に上げて、お願いしたい。
……
要するにアレだ。
映画で……終始いい人、終始悪い人、前半いい人後半悪い人、前半悪い人後半いい人、がいたとする。
映画が終わった時、一番評価されるのは、最後の
『映画のジャイ●ンいいヤツ効果』と覚えて貰ってもいい。
そしてこの物語は、そんな対比効果を得られる仕様がふんだんに盛り込んだモノとなっているんだ。
さらにだ、ハローエフェクト効果という言葉をご存じだろうか?
その人間を評価するにあたって、何か一つ顕著な特徴があると、他の悪印象が鳴りを潜め、その人に肯定的な心持ちになることだ。
小学校で足が速いヤツがモテるのはコレだ。どんなに性格が悪くても、他の教科の成績がクソでも、強烈に足が速ければ、『この人はカッコよくて、教養もある人格者だ』と認識してしまうアレだ。
逆にいい人だと思われていた芸能人が、一つスキャンダルを起こすと、『こいつは善良な仮面をつけてみんなを騙していたクソ野郎だ』と認識してしまうのも同じことだ。
……何故こんなことを話すのかって?
コレは俺のトラウマ、人生最大級の後悔に立ち向かうお話と言ったよね。
だからだ。物語がそこに向かうまでの俺は、ちょっと……信じられないほどのクズなんだ。
先程も言ったように、この物語はそんな信じられないくらい堕落したクズが、自分を取り戻すという対比効果を含んでいる。
だが、俺はそこに行くまでの間に、みなさんが俺……主人公の余りのクズっぷりに、悪い意味でのハローエフェクトに苛まれてしまうのではないか、と心配になったワケだ。
そんなワケでその対抗策として、ちょっとだけ。
その後悔に立ち向かう様を、一足先に、ちょっとだけ覗いてみようという試みだ。
いわゆるアレだ。アンチ・クライマックス法と呼ばれる手法だ。
「ん……っ!」
学ランに身を包んだ俺は、年季の入った重厚なドアを開けようと、呻きながらも何とか気圧との押し合いに勝利する。
いつもの匂いと、いつもの涼しさを感じさせる秋の風が、祝福するように俺の髪を撫でてくれた。
ここ最近はこの風を感じても、風の向こうに目当ての人はいなかった。
だが、ようやく……ようやく会えた……!
「……久しぶりです。先輩」
俺の視線の先……屋上の手すりの向こう側に立っていたセーラー服の少女に、その声が届いたのかは分からない。
でも彼女はこちらへと振り返った。その瞳は驚きに揺れている。
「どう……して?」
「思い出したんです。もっとも、
「……?」
「その時の俺は精神的に今よりずっと弱くなってしまっていて、『もっと早く気づいていればあなたを助けられた。何で気づいてやれなかったんだ』って、後悔しまくるんです」
「何を――」
「でも、幸か不幸か、そんな人事も尽くさず天命を待ってた俺に、ある奇跡が起こりましてね……意外なとこにフラグがあったんです」
俺が何を言っているのか分からないだろう。
……分かるはずが、ないだろう。当然だ。先輩は怪訝な顔をしている。
もっと早く気づくべきだった……てのは自惚れが強いか。
でも、確かに要素はあったんだ。先輩との会話の中に。
俺が腕を伸ばすと、彼女は拒否するかのように俺を睨んだ。
「……勝手にあたしを優しくて甘えさせてくれる先輩だと思って。あたし……いい子なんかじゃないモン!」
手すりを掴む先輩の手が震えているのは、高所への恐怖からだろうか? ソレとも――
「みんな……勝手過ぎるよ! 大っ嫌い!」
こんな風に泣きながら大声を上げる先輩を見たのは初めてだ。
コレが一切の体裁や外聞をかなぐり捨てた、取り繕うのをやめた先輩なんだ。
かつての俺が見ることの叶わなかった、彼女なんだ。
「そりゃあ……中坊で、ガキの俺じゃ、本当の自分を晒け出せなかったのも分かるよ! でも今の俺は一味違うぜ! 既に三次元の女にはコレでもかってくらい幻滅してきたからな! 今の俺なら先輩がどんなに汚い感情抱えてても受け止めてやんよ!」
俺は両手を大きく広げて声の限り叫んだ。
「キミが何言ってんのか全然分かんないよ! バッカじゃないの!?」
正直ぐさっときたが、大見得を切った手前、悟られるワケにはいかず、俺は屋上の手すり……即ち、先輩の立つ場所へと歩み寄った。
「バカはどっちだ……」
「え……」
「バカはどっちだって言ってんだよ。どんだけ辛かったか知らねーけどな、自分だけ勝手にイチ抜けなんてズル過ぎんだろ!」
俺は手すりを飛び越え、先輩のすぐ真正面に立つ。もう少しで手が届く位置だ……!
「来ないでよ! 知らないわよそんなの! ワケ分かんないことばっか言って! あたしはもう嫌なの! いい子を演じるのも、いい先輩を演じるのも疲れたの!」
……ち。待ったを掛けられちまった。
しかし……高い……! 怖え!
「だからって死ぬのかよ! あんたまだ十五だろ! 勿体なさ過ぎるんだよ! 人生はもっと楽しいことで溢れてんだぞ! 明日めちゃくちゃいいことあるかもしれねーだろ!」
「あたしより年下のくせに偉そうに言わないでよ! あたしのこと何にも分かってないくせに! 他人のくせに!」
「分かってないんじゃない! 知らないんだよ! 知りたくても……知ることが出来なかったんだよ! ここで先輩に死なれたら、ずっと! ずっと出来ないんだよ!」
「もうワケが分からない! 何を言ってるの?」
「……コレから教えてよ。先輩のこと。好きなモノや嫌いなモノ、どんなくだらないことでもいい! そんで何年かして軽い喧嘩でもした時に、もう一度『あたしのこと何にも分かってないくせに』って言ってくれよ。その時は『何でも知ってるよ』って答えてみせるから!」
ところどころ裏返り気味の情けない声でそう叫びながら俺は、止め方を忘れてしまった何かが頬を伝い落ちる感触を覚えていた。
「もう……無理だよ。信じられないよ。みんなそうやってその場しのぎの綺麗事ばかりで……もう今更……信じられないよ! キミだって、どうせ何年かしたら忘れるんでしょ! あたしのことなんて!」
「……じゃあ」
「……え?」
「じゃあ教えてやるよ……助けられたはずの人を死なせちまうのが、どれだけ悔しくて、どれだけ自分を責めたくなって! どれだけ自分を許せなくなるのかってことを!」
「……っ!!」
先輩の息を呑む音を聞きながら、俺は空へと跳躍していた。
……涙が上に流れていく。
内臓が浮き上がるような感覚。
そして、失禁しかねないくらいの恐怖が襲ってくる。
でも、コレだけは信じて欲しい。俺は……先輩を――
ちょっと見せすぎた気もしないでもないが……少しは興味を持ってくれただろうか?
じゃあ……最後に、一つだけ付け足して、クズな俺によろしく、といこうか。
コレは……俺の後悔。どうしようもなく付き纏って離れなかったトラウマに向き合い、挑戦したというお話であり――
――先輩を、彼女を
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