ヤンキーの男女

「ヤッパ、ゲーセンやろ。ガンダムEXVS2、やってみたいわ!」


「うん、それとマリオカートDXも面白おもっしょいらしいきん!

音ゲーもやったことないきんやってみたいしな。」



ゲーム談義で盛り上がる男子二人をジトッとした眼で見ながら志津果が言った。



「あほらし。ここまで来てなんでゲ-センなんか行かないかんのん!

普通に色んなお店見て回って、買い物して、食事してからフェリーに乗って帰るんに決まっとるやない。

なあ、亜香梨。こいつらになんか言うてやってよ。」


「うーん、確かにあんたらゲーセン行ったら二十分や三十分で終わらんやろしな。三時間弱の時間しかないんやしここは志津果のいう事が正解やな。」



女子二人の意見に対し当然、男子達は文句を言った。



「なんでや! 買い物とかに何時間もかけてもしょうないやろが。 

一体何買うんや?


よし、分かった。

ほんならもう亜香梨と志津果、俺と団児の二手に別れんか。(別れようぜ。)


最初にゲーセン行って俺らはそっから動かへんきに玄狼達が電話してきたら一緒にそこまで連れてきてくれたらええがい。

そうしたらお互い好きなように遊べるし玄狼達とも合流できるしそれが一番ええが。」


「まぁ、しゃーないかな。ほんだらそうし・・・」


「駄目よ!」



志津果が賢太の案に同意しかけた時、亜香梨から強い否定の横槍が入った。



「二人とも高田先生うさちゃんから言われたことを忘れたん? 必ず四人一組で行動することって言われたやん。」


「あっ・・まぁ確かにそう言われたわな。ほんだらダメか。」


「えー、そんなん守らんでもええん違うん? あのオバハンが見とるわけやないんやし。」


「守らへんのやったらそれ高田先生うさちゃんに言うけんな。

賢太が先生の事をオバハンて言いよった、て。」


「おい、待て! 亜香梨、お前は鬼か?! そんなん言われてみぃ。

帰りのフェリーは舳先へさきから荒縄で縛られて吊るされたまま帰らないかんようになるやないか。」


「何時の時代の話しな? 大昔の海賊同士のいくさの捕虜やあるまいし。

ま、告げ口されるんが嫌やったら辛抱するこっちゃな。」


「グ・・くっそぉー、ええ気になるなよ! このふっくら肉饅女が。」


「誰が肉饅な!」



いくら人通りが少なめだといっても往来の真ん中で大声出していがみ合っていればいやでも人目を引く。


ただ当事者たちがまだ初々しい少年少女だという事もあって通りがかった人たちは失笑しながら通り過ぎて行くばかりだ。


しかし連れの立場にしてみれば恥ずかしいことこの上ない。言い合う二人に見かねた団児がいつものパターンで仲裁に入ろうとしたその時のことだった。

四人の横合いから声をかけてきた者があった。



「ハイハイ、僕と嬢ちゃん。喧嘩はそこまでにしとこで。」



声の主は男女二人組の男の方だった。男女と言っても歳は亜香梨達四人とそう変わらない。派手な色調の私服を着ているせいで分かり辛いがおそらく中学生であろう。


少年の方は短めの赤っぽい髪に黒いロンTを着ている。路地裏の壁にスプレー描きされた落書きのようなロゴの入ったそれに迷彩柄のスキニージーンズを履いていた。


少女の方は赤のタンクトップの上から青と白のツートンのスタジャンを羽織っている。サテン地に花模様の刺繍が入ったそれの袖を無造作に肘まで捲っていた。


髪は砂色に近い茶髪で下はぴっちりしたデニム地で出来たインディゴブルーのミニスカートを履いている。

そのスカートの裾から蒼みを帯びた細く白い足が艶めかしく伸びていた。

二人とも足元はサンダル履きだった。


何処から見てもバリバリのヤンキー系の年上二人に話しかけられて亜香梨達四人は一瞬、たじろいだように黙り込んだ。

すると少年の方が傍にやってきて笑いながら言った。



「そなんびっくりせんでええやん。俺ら見た目はこんなやけど別に怖ないで。

通りの真ん中であんまり大声で言い合っとるから止めただけやがな。


ま、とにかく一旦、端の方に避けよか。通りの邪魔になっとるわ。

ほら、四人ともこっちに来てん。」



まるで旧知の間柄であるかのような親しみやすさを感じさせる雰囲気を持った少年だった。そのため四人とも言われるままに彼の後について移動することになった。

そこは大通りに面したビルとビルの間の狭い路地の入口から十メートルほど中に入った場所だった。



「みんな小学生やろ? 何処どっから来たん?」



少女が訊ねた。ハスキーな、それでいてどこか甘さを含んだような声だった。吊り上がり気味の長い目に細く高い鼻、薄く引き締まった唇と少し尖った顎、そして脱色した砂色の髪がこましゃくれた雌狐のような印象を与えていた。


背は150センチ半ばぐらいで大柄という方ではないがすらりと伸びた四肢とタンクトップの深い胸ぐりから覗く白い肌が眩しく見えて賢太はドキリとした。


その時、偶然にも少女と目が合った。彼は一瞬、自分の感じた疚しい衝動を見抜かれたような気になった。そしてそれを誤魔化そうとするかのように思わず大声で応えた。



「俺たち、奥城島から来た城山小学校の六年生です。一昨日、フェリーで来て今日帰るところです。」


「奥城島? また離れたところからきたんやな。遠足か何かなん?」


「いえ、念能力統一測定を受けに来ました。」


「念能力統一測定? ああ、そういや丁度そんな時期かぁ・・・

ヤスオ、あんたも昔、受けたやろ。覚えとる?」


「そら、覚えとりますよ。キョーコさんやったって覚えとるでしょ。」


「まあうちは大した能力やなかったけんどな。全国平均行くか行かんかのショボい結果やったんだけ覚えとるわ。」



二人の話の様子からどうやら少女の方が少年より立場が上であるらしいことが分かった。しかし何故彼らが自分らに声をかけてきたのかは分からない。



「で、またなんであなんとこでおらび合うとったん?(叫び合っていたの?)」


「いや、フェリーの時間まで何をするかで意見が分かれてしもて。

俺とこいつはゲーセン行きたいし、そっちの女子二人はショッピングしたい言うてもめとったんです。」



すると赤髪の少年が人懐っこそうな笑顔で嬉しそうに言った。



「なんや、それやったら丁度ええとこ知っとるど。連れて行ってやるけん付いてきたらええが。」


「ほんまやな。それやったらうちらに付いてきーな。ゲーセンとショッピングの両方が出来る店知っとるきに。

そこな、服やアクセサリーだけやなしにファンシーグッズやも置いてあるで。」


「あのぉ・・お姉さんたちは誰・・・なんですか?」



賢太は一番気になることを訊ねた。いくら人が好さそうな相手であっても全く面識のないヤンキーっぽい男女に誘われてのこのこ付いて行くほどお人好しではない。

警戒して当然であった。


すると先ほど少女からヤスオと呼ばれたちょっとおどけた感じのする少年が答えた。



「俺はヤスオで中二。ほんでこっちのお姉さんが中三でキョーコ。


あのな、その店言うんな、実は俺らの先輩の家なんや。先日、開店したばっかなんやけどなんとて場所が悪うてな。


ここから五分ほど歩いたとこにあるんやけど商店街からは離れとるしあんまし人目につかんところにあるもんやから今一つお客がーへんのや。

ほんで俺達が客の呼び込みを頼まれてこんなんやっとるっちゅうわけやが。


あんたら買い物したりゲームしたりしたいんやったらちょっとだけでも覗いてみんの? 」



賢太は亜香梨達の方を振り返るとどうする? というように肩をすくめた。

志津果と亜香梨がこそこそと言葉を交わした後で団児に何かを耳打ちした。耳打ちされた団児は賢太のそばにやってくると囁き声で言った。



「女子はやめよって言うとる。そんな個人の店なんか行っても大した物なんてないやろして・・

それに偶々声をかけてきた相手がゲーセンとショッピングの店の関係者やなんて話が上手すぎるんちがうんかて言うとるわ。」


「まぁ、そうなるやろな。ほんでも良さそうな人たちなんやけどな・・・しゃあないか。」



賢太はヤスオとキョーコの方に戻っていくとそこへは行けないという旨を告げた。

それを聞いた二人はあからさまに落ち込んだ様子を見せた。


四人が大通りの方へ戻ろうとしたときキョーコが小走りに走り寄ってきて悲しそうな表情で頼み込んだ。



「なあ、それやったらお店まで来てくれるだけでええから一緒に行ってくれんかな? なんも買わんでもかまへんきん中をちょっと覗いてくれるだけでええんや。


勿論、気に入ったもんがあったらうてくれたら有難いけど。

欲しいもんがなんもなかったらそのまま商店街に戻ってくれてかまんけん。


こっからそんなにとおないし五分ぐらいで行けるし十五分から二十分だけ時間くれへんの?」


「頼むわ。俺らその先輩にはいつも世話になっとんで何とか力になってあげたいんや。人助けやおもてちょびっとだけ時間さいてくれんかな?

この通りや!」



キョーコの後をついてきていたヤスオが両手を合わせて頭を下げた。

四人は困ったような顔で互いの顔を見合わせた。島の子供たちは良くも悪くも純粋である。目上のお兄さん、お姉さんからそうまでされると無碍には出来ないものが彼等にはあった。



「しゃあないかな。」



クラスのお母さん的立場である亜香梨のその言葉で全てが決定した。




― ― ― ― ― ― ― ― ―




前を行くキョーコの蒼白い襟足にかかった砂色の髪が艶めかしくゆさゆさと揺れている。それを目で追いながら賢太はフゥーと溜息をついた。


五分ほどで着くと言っていたがあれからもう十分は優に経っているだろう。周りの光景は既に商店街のそれとはかけ離れたものに変わってしまっていた。


今、彼らは寂れたような住宅街のなかを進んでいた。突如、キョーコが立ち止まるとヤスオを呼んだ。

二人は小声で何やら囁き合うとキョーコだけが先に脇道へと逸れて行ってしまった。

残ったヤスオが四人に申し訳なさそうな顔をしながら言った。



「ごめんな。どうやら道を間違えたみたいやわ。今、キョーコさんが道を確認しに行っとるけんちょっと待ってな。直ぐ帰って来ると思うきん。」



その言葉通りキョーコは直ぐに帰って来た。近道を見つけたのでそこを通ればすぐに例のお店に着くのだと言う。

その近道とは先ほどキョ-コが入っていった脇道の中途にある無人の建造物だった。


元は鉄工所か倉庫であったのだろう。錆びかけたトタン張りの壁面と高いスレート葺の屋根がそれを物語っていた。

正面口にあるめくれかけたシャッターの向こう側に薄暗い闇が覗いている。



「こっから入って真っ直ぐ建物の中を抜けたらそこそこの太さの通りに出るんや。その通りの反対側正面がお店やから。

ここ通らんかったらかなり遠回りせないかんようなるけんなぁ。ちょっと暗いきん転ばんように足元ように見てついてきてな。」



ヤスオはそう言って斜めに開いたシャッターの下を潜って薄闇の中へと入っていった。四人は仕方なくその後に続いた。


中の空気は黴臭く埃っぽかった。所々にある壁の割れ目や隙間から差し込む陽光でどうにか足元の視認は可能だが時折、瓶やら缶やらが転がっているので油断は出来なかった。


やがてブロック製の壁が一行の前に立ちはだかった。真ん中あたりに金属製のマンドアがある。ヤスオがそのドアノブを回して扉を開けた。

ギィッという軋み音とともにマンドアの向こうから明るい光が漏れ出る。どうやら通りに抜けたらしかった。



「ほら、入って。」



ヤスオに促されるままドアを潜った四人はそこに現れた光景を見て戸惑った。

そこは外部ではなく二階部分が吹き抜けになったおおきな倉庫のような部屋だった。


中には数人の人間がたむろしていた。全員が揃いの黒いジャージの上下を着ている。

やくざの刺青を模したかような虎や龍のド派手な刺繍が背中一面に入ったジャージだった。


年の頃は中学生か高校生といったところだろう。成人と呼べる者はいないように見えた。全員、一目で真面まともな連中ではないとわかる強烈な暴力臭を漂わせている。そのうちの一人が声を出した。



「えらい早かったやんか、ヤスオ。こいつらどっから連れて来たんや。」


「M商店街の辺りで網張っりょったら引っ掛かったんですよ。ほんでキョーコさんとふたりで話し合わせて連れて来たんです。

島の方から遊びに来よったみたいで小学生やけど金は結構持っとると思いますよ。」



人の好さそうなとぼけた仮面をかなぐり捨てて小狡こずるそうな笑いを浮かべたヤスオがそう答えた。


騙された! そう気づいた四人が慌ててドアに駆け寄ったがヤスオが外に出るほうが一瞬早かった。

ダァーンッと派手な音を響かせてドアが閉まった。そしてガチャリと鍵の掛かる鈍い金属音が外から聞こえた。



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